瞳の奥の秘密、それは誰の瞳なのか? そして、「秘密」とは?
25年前の未解決殺人事件を小説にしようと思い立った元刑事裁判所職員のベンハミンが、事件について綴るうちに、かつて言葉にすることのできなかった<愛>を取り戻そうとする物語。かつての上司だった、自分よりずっと年下の美しいイレーネを久しぶりに訪ねたベンハミンは、「定年退職したので、時間が有り余って暇なんだ。小説を書こうと思って。書けたら、読んでもらえるかな」と話を切り出す。イレーネを見つめるベンハミンの瞳の奥には、彼女に寄せ続けた秘めた恋慕が湛えられていた……
時代は1974年に遡る。レイプ殺人事件が起きた年は南米の激動の時代だった。この映画の背景にはアルゼンチンの独裁-民主化という政治状況が横たわっているのだが、それをいったい日本の観客がどれほど理解できているだろうか? 映画の中ではほとんど説明がなく、アルゼンチン現代政治史は当然の了解事項として後景化している。この映画の観客が老人ばかりというのもそのあたりに要因があるかも知れない。
この物語は複眼的に描かれているため、決して政治的映画というわけではない。本筋は謎解きのサスペンスであり、何よりも25年にわたる純愛を描いたラブストーリーである。そこに「罪と罰」という大きなテーマがからみ、実に見ごたえのある作品になっている。美しい新妻を残虐に殺された夫のすさまじい愛と復讐に息を呑むと同時に、アルコール依存の同僚に手を焼きながらも彼と厚い友情を築くベンハミンの孤独に胸ふたがれ、警察国家の恐るべき策謀に戦慄し、「身分違い」の恋に躊躇う大人の分別に切なくなり、最後は大きな感動に満たされる。
いくつもの伏線を用意した巧みな脚本は見事で、25年前と現在とを往還する物語ではあってもわかりにくさは一切ない。「瞳を読むのだ」というベンハミンの台詞はこの物語を縦走するヒントとなる。誰の瞳なのか? その瞳は殺人犯人の、という意味だけではない。
ただ一つだけよくわからなかったのは、アルゼンチンの司法制度だ。刑事裁判所の職員であるベンハミンに捜査権があるのか? 警察と検察、司法の関係はどうなっているのか? ここがわかればもっと面白かったのに、それが悔やまれる。
この映画はもう一度観たくなる。二度目のほうが多くの気付きがあるだろう。中高年の琴線に触れる深い恋愛映画だ。アカデミー賞外国語映画賞受賞、アルゼンチンアカデミー賞最優秀作品賞ほか受賞。
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EL SECRETO DE SUS OJOS
129分、スペイン/アルゼンチン、2009
製作・監督・共同脚本・編集: フアン・ホセ・カンパネラ、製作: マリエラ・ベスイエフスキー、原作・脚本: エドゥアルド・サチェリ、音楽: フェデリコ・フシド
出演: リカルド・ダリン、ソレダ・ビジャミル、パブロ・ラゴ、ハビエル・ゴディーノ、カルラ・ケベド、ギレルモ・フランセーヤ、