吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

なつかしの庭

 2009年マイベスト10の10位。

 
 「光州5.18」に比べると遙かに心にしみる名作。「あのとき」何が起こったのか、ということよりも、「その後」どう生きたのか、ということのほうにわたしの関心があるからだろうが、黄晰暎(ファン・ソギョン)の原作も素晴らしい。


 光州事件から1年後、指名手配を受けて逃げ回る活動家は、田舎に住む若く美しい女性教師に匿われる。彼女は光州で何が起きたのか知らなかったけれど、NHKのビデオを見て「あんなひどいことがあったなんて」と事件のことを知ったという。二人はつかの間、一緒に暮らし、やがて男は逮捕され、そのまま17年が過ぎた。17年後、男が光州事件被害者の名誉回復措置を受けて出所してくる。だが、女は既に病死していた。


 二人の出会いと別れ、離ればなれになってからの日々、そして光州での殺戮、頭に白髪が目立つようになった出所後の男、映画は時間軸をいくつもまたいで叙情豊かに「光州後」の人々の苦悩を描く。このラブストーリーが成就しないことを観客はあらかじめ知らされている。17年経ってようやく故郷に帰ることのできた男は、かつて愛した女が住んでいた町を訪ね、彼女の足取りを確かめていく。それは永遠に失われた時を取り戻そうとする空しい彷徨なのだろうか。いや、ここには一つの光がある。女は男と別れたとき、孕んでいたのだ。男は一度も会ったことのない我が子に会うことを決意する。

 女は男を匿い、その後も活動家たちを匿い続けるが、決して彼女自身が反体制運動に身を投じようとはしなかった。美しくひっそりと咲く一輪の花。しかし、そんな彼女の心も揺れる。慕ってくれる年下の男がいればいっとき心が揺れ、身体も潤いを求める。彼女は決して目立たない地味な女というイメージではない。美術教師である彼女がカンバスに向かっている時のその厳しい視線、タバコをくゆらせながら物憂い表情を見せる瞬間、それは日陰に咲く花というよりも、アンニュイな80年代の美女、という絵になる人物像となる。


 光州後の悲劇を感性豊かに描き、なおかつ最後に希望を残すこの作品は、小さな瑕疵がいくつもあるけれど、そんなことは気にならないほど、感動的だ。愛を引き裂いたかつての専制は今はなく、心と体に残った傷も少しずつ癒えてゆくことだろう。希望は未来へと開かれている。それは新しい世代の誕生だ。屈託なく、かつての苦悩を知らない世代が生まれ、彼らが「光州」を彼らなりに咀嚼していくだろう。そこには、ありえたはずの未来が描きこまれているはずだ。ラストシーン、いくつもの時間と世代をつないで、失われた未来をカンバスに刻みつけるその「絵」を見た瞬間、わたしは溢れる涙を抑えることができなかった。(レンタルDVD)


 続けて、原作の紹介を下に書きます。

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上映時間 112分,2006年、韓国 映倫 PG-12
監督: イム・サンス
出演: ヨム・ジョンア、チ・ジニ、ユン・ヒソク、キム・ユリ、ユン・ヨジョン