吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

劇場版 きのう何食べた?

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 テレビシリーズもAmazonでちょっとずつ見ていた、けっこうお気に入りの作品。なんといっても美味しそうな家庭料理が毎回見られるのが嬉しかった。美味しそうでかつ、手ごろな材料を使っているから、「わたしにも作れそう」と思えるところがよい。 

 で、今回は劇場版だが基本のノリはTV版と変わらない。京都ロケが入った分が豪華な感じはするが、関西在住者にとっては京都ロケなんか別に珍しくもないからどうでもいい。テレビ版の続き、という感じだ。

 主人公のゲイカップルは五十歳前後のおじさんたち、でもこれが西島秀俊(弁護士、史朗)と内野聖陽(美容師、賢二)だからカッコいい。カッコいい割には毎日の生活がチマチマとけち臭く、それが笑いのネタとなる。弁護士なんだからもうちょっとは贅沢もできるだろうに、食費の切り詰め方が半端ない。料理が趣味の史朗が毎晩の調理担当で、買い物も大好き。高級素材はまず使うことがなく、めんつゆを多用するのも特徴。わりとお手軽。しかし、お手軽が売りとはいえ、そればかりだと観客も飽きるから、高級素材を使う料理を紹介するために、彼らの知り合いの金持ちゲイカップルも登場する。これがまた大笑いのキャラ設定。山本耕史って演技が上手いと改めて感心した。どんな役でもできるね、この人。

 基本のキャラクター設定としてはコメディだから悪乗りも多いし、演技もオーバー気味なのが気に入らない人もいるだろう。しかし、泣かせどころがちゃんと用意してあって、ゲイカップルならではの苦悩、特に史朗の両親との葛藤は実にシリアスだ。お互いを思いやる主人公たち二人の心情も美しいし、まあとにかく温かく美しい物語である。二人のラブシーンがないのはどうかな。(Amazonプライム

2021
日本  Color  120分
監督:中江和仁
原作:よしながふみ
脚本:安達奈緒子
撮影:柴崎幸三
音楽:澤田かおり
出演:西島秀俊内野聖陽山本耕史磯村勇斗マキタスポーツ高泉淳子松村北斗田中美佐子田山涼成梶芽衣子

アムステルダム

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 これは異色の歴史劇。面白いのになぜか劇場用パンフレットが作成されていない。残念である。

 「ほぼ実話」というキャッチコピーが何度も踊る予告映像がFBなどで流れてきたが、「ほぼ実話」ということはつまり、実話に名を借りたフィクションということだな、とわたしは理解した。だって面白過ぎるんだもん!

 時代は1933年。これはルーズベルト大統領が就任してニューディール政策を始めた年。ドイツではヒトラーが首相となり、共産党を弾圧して独裁体制を敷き始めた年。第1次世界大戦が終わって15年。こういった基本的な世界史を押さえておれば、とても興味深い事件が展開していくこととなる。

 物語は1933年、アメリカの黒人弁護士が旧友の白人医師を訪れるところから始まる。彼らは黒人とユダヤ人の典型的インテリだなとここでわかるのだ。そこから画面は1918年に引き戻され、ヨーロッパ戦線に出征したアメリカ軍兵士が重傷を負ってフランスの病院に入院し、看護師や同僚兵士と意気投合して、除隊後は面白おかしく乱痴気騒ぎを繰り広げるアムステルダムの共同生活へと流れ込む。男二人と女一人の友情と愛。なんと素晴らしくも楽しい日々だろう。

 この冒頭シーンの目くるめく青春の狂騒の素晴らしさはどう! この三人がクリスチャン・ベイルとジョン・デヴィッド・ワシントン(デンゼル・ワシントンの息子)とマーゴット・ロビー。マーゴットがあまりにも美しいので画面に目が釘付けになったよ~。今までの出演作と顔が全然違うじゃないの! クリスチャン・ベイルは戦争で片目を失い義眼になった医師バートを演じる。相変わらず彼の職人芸は素晴らしい。その凝り方があまりにも念入りなので、わたしは呆然と画面を見つめていた。義眼でこれほど演技する人は見たことないよ。

 1933年に起きた殺人事件の真相を探っていくうちにたどり着いた、富豪たちの陰謀。反ユダヤ、独裁、ヒトラー崇拝、クーデーター計画。それらを阻止するためには退役軍人で今や反政府運動の先頭に立つ戦争の英雄将軍(ロバート・デニーロ。とにかくこの映画は無駄にと言いたくなるぐらい役者陣が豪華)の協力が必要だ。そこでわれらが主人公たちはこの将軍を説き伏せて、悪人どもをおびき寄せる。ロバート・デニーロの名演説が聞けますよ、これは必見。彼が演じた将軍には実在のモデルがいて、その本物の演説の映像が最後に流れるのだが、これが実にそっくり。いやどっちがそっくりってどっちが本物かわからないぐらいそっくり。

 この映画、本筋には直接関係なさそうな人物まで含めて細部のことごとくが面白い。脚本に手抜きは無い。本当はすごくシリアスな題材なのにこんなに面白おかしく演出してもいいのか、というぐらい楽しかった。

 最後に気づいた。なんでこの映画を今作ったんだろう、製作者たちは。まさに今こそ、第3次世界大戦前夜かもしれないし、トランプ大統領が再び登場する危機感溢れるこの2022年にこそ、この映画が公開されたことに、デヴィッド・O・ラッセル監督たちの心意気を感じずにはいられない。 1933年の悪夢を再現させてはならないのだ。

2022
AMSTERDAM
アメリカ  Color  134分
監督:デヴィッド・O・ラッセ
製作:アーノン・ミルチャンほか
脚本:デヴィッド・O・ラッセ
撮影:エマニュエル・ルベツキ
音楽:ダニエル・ペンバートン
出演:クリスチャン・ベイルマーゴット・ロビー、ジョン・デヴィッド・ワシントン、クリス・ロック、アニャ・テイラー=ジョイ、ゾーイ・サルダナマイケル・シャノンラミ・マレックロバート・デ・ニーロ

レイニーデイ・イン・ニューヨーク

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 なぜウディ・アレンの作品に出てくる主人公はウディ・アレンみたいに見えるのだろう? 外見は全然違うのに、背中を少し丸めて早口でしゃべる様子、手振り身振り、全部ウディ・アレンやんか! でもティモシー・シャラメ君ですからね、ウディ・アレンとは似ても似つかないイケメンです。

 で、相変わらずのユダヤ・ネタ満載。ユダヤ人上流階級のお話というのはウディ・アレンにとってはずっとずーっと離れない離せないテーマなんだろう。映画業界内幕ものもいつものこと。ギャグ連発のしゃべりまくるちゃらい男が主人公で、美しい恋人がいるのにほかにも眼が行く。二人はせっかくの豪華デートのはずがなぜか問題がいくつも発生して会えない!(「君の名は」かい)

 人生はすれ違い、そして意外な結末へと転がっていく。笑っているうちにあれよあれよと終わってしまった。ウディ・アレンの映画もここまでマンネリになるとかえって安心するよ、「水戸黄門」みたいに。

 なんと、撮影はヴィットリオ・ストラーロであったか。ニューヨークの街並みが穏やかに美しい光を茫洋と放っていたのは彼のカメラのおかげであったか。ずっと雨が降っているか曇っているかというロケはなかなか大変だったんじゃないかな。まあ、雨は降らしているのか。

 あそうそう、ストーリーを書いておこう。田舎の大学に通う同級生カップル二人がNYにやってくる。彼らは富裕層の子女であり、親の勧めもあって付き合っている。彼女が有名監督のインタビューを大学新聞に掲載することになるのだが、そこから話がころころと転がって、次々現れる登場人物はみな問題を抱えていて、それに振り回される彼らはデートの約束は反故にされ、彼の前には生意気そうな女が現れ、といろいろあって。というラブコメ。すべてが軽い。でもその軽さが心地よいのでこの映画は割と好き。(Netflix)

2019
A RAINY DAY IN NEW YORK
アメリカ  Color  92分
監督:ウディ・アレン
製作:レッティ・アロンソン、エリカ・アロンソ
製作総指揮:アダム・B・スターンほか
脚本:ウディ・アレン
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
出演:ティモシー・シャラメエル・ファニング、セレーナ・ゴメス、ジュード・ロウディエゴ・ルナリーヴ・シュレイバー

ある男

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 事故で突然亡くなった夫の氏名や経歴がまったく偽造されていたことを知った妻が弁護士に調査を依頼し、夫の過去を探っていくという物語。こういう粗筋なら、「嘘を愛する女」(2018年)など最近の日本映画も思い出す。

 して、謎の夫の背景を調査していく城戸弁護士が妻夫木聡。彼は在日韓国人3世で既に日本国籍を取得しているという。ここが本作のキーワードの一つ。多くの在日が過去を隠し通名を名乗り、さらに日本国籍を取得して戸籍も日本名となってルーツを隠したり忘れつつある今、アイデンティティを変えて生きている人間の存在をテーマに描いた原作小説がかなり重厚なもなのだろうと想像できる。大変残念なことにわたしは原作を読んでいないため、このテーマに平野啓一郎が何を込めたのかは映画から受け取るしかない。

 物語は主人公の城戸弁護士が登場するまでが結構長い。巻頭、林業労働者のとある男が立ち寄った文具店でスケッチブックを買う、それをきっかけに店主の女性と結婚し、やがて子どももできて幸せに暮らしていたのに、突然の事故で亡くなってしまい、親族に連絡をとったところが別人であることが発覚するというミステリー。ここまでの展開の演出が巧みだ。店で突然停電する場面や男女が恐る恐る距離を縮めていくシーンなど、緊張感があって、将来の二人を暗示しているようだ。

 やっと場面に登場する城戸弁護士は、その登場の瞬間からかっこいい。本作では全編にわたってカメラが非常にいい仕事をしているので撮影監督は誰かと思ったら、近藤龍人だった。さすがだ。

 城戸は金持ちの日本人お嬢様と結婚したようだが、妻の母、つまり義母は「あきらさんは在日三世でしょ、三世ならもう日本人よ」と平然と言ってのける。義父に至ってはネトウヨ顔負けの民族差別言辞を吐く。その言葉を静かに微笑んで聞いている城戸の心のうちはわからない。

 城戸が何度も「イケメンの弁護士さん」と揶揄されるのだが、実際この映画の妻夫木聡ほど美しい彼を見たことがないような気がする。凛として知性があり、物静かで内に小さな怒りを秘めている。ごくたまにそれが爆発してしまうのだが、彼の心の奥底にある怒りや葛藤の根源が何なのか、想像はできるが、しかししかし。この複雑な人物を妻夫木が見事に演じた。これでまた何か賞を獲るのだろうな。そして、囚人を演じた柄本明の怪演も印象に残る。柄本の不自然な関西弁もわざとやっているのか、気持ちの悪さを残す。

 アイデンティティを変えながら生きる、あるいは偽って生きる、あるいは秘密を抱えて生きる、物語はそんな人々の群像劇とも言える様相を見せる。幕引きもまた謎に包まれたままだ。もう一つの物語がここから始まる予感が。

 原作を読みたくなった。時間がほしい!!

ある男
2021
日本  Color  121分
監督:石川慶
製作:高橋敏弘ほか
原作:平野啓一郎
脚本:向井康介
撮影:近藤龍人
音楽:Cicada
出演:妻夫木聡安藤サクラ窪田正孝眞島秀和、でんでん、仲野太賀、真木よう子柄本明

めぐりあう日

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 エリザは理学療養士。どこか冷ややかな印象を受ける美しい彼女は8歳の息子と一緒にパリからダンケルクに引っ越してきた。パリには夫を残していて、もはや夫とは修復不可能な別居のように見える。養父母に育てられたエリザは実の親を探して故郷に戻ってきたのだった。どうしても会いたい、実母に。その手がかりを得るために自分が産まれた街に戻り、関係機関にかけこみ調査を依頼する。しかし個人情報は簡単には開示されない……。

 主人公を演じたセリーヌ・サレットはシャーロット・ランプリングの娘かと思ったぐらいに面差しがよく似ている。氷の美貌とも呼ぶべき、冷酷な印象を与える美人顔だ。だがその冷たさは彼女の閉ざされた心からあふれ出てくるものなのだろう。寡黙で、しかし親を求める気持ちだけは熱くほとばしり、その感情を抑えきれずにいる。やっと見つかった母は自分が思っていたような女ではなかった。おそらく、もっと美しい女性を想像していたのだろう。目の前にいる、体の線が崩れてたるんだ疲れた表情の底辺労働者が夢にまでみた母親だなんて。

 しかし、母がなぜ自分を捨てたのか、なぜ匿名出産したのか、そのいきさつを聞いたことが彼女の中になにかを生んだ。

 この映画でとても印象深いのはエリザの手つきだ。その美しく長い指と手で患者の身体を優しく撫でるようにマッサージしていく様子がとても心地よく見える。わたしもマッサージしてほしいと思わず画面に食いつきそうになった。彼女の患者としてやってきた中年女性が実は母だったと観客にはすぐにわかるのだが、そのことをエリザが知るまでの時間がじっくり描かれていく。

 移民への差別、未婚の母への差別、幾重にもなった差別の結果、エリザは実母に育てられることがなかったのだった。これは自らが国際養子として韓国からフランスへと渡ったウニー・ルコント監督には避けて通ることのできないテーマなのだろう。

 音楽がとても美しい。(Amazonプライムビデオ)

2015
JE VOUS SOUHAITE D'ETRE FOLLEMENT AIMEE
フランス  Color  104分
監督:ウニー・ルコント
製作:ロラン・ラヴォレ
脚本:ウニー・ルコント、アニエス・ドゥ・サシー
撮影:カロリーヌ・シャンプティエ
音楽:イブラヒム・マールフ
出演:セリーヌ・サレット、アンヌ・ブノワ、ルイ=ド・ドゥ・ランクザン、フランソワーズ・ルブラン、エリエス・アギス

百姓の百の声

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 本作は、全国の農家を訪ねて、お百姓さんたちの創意工夫に触れていくドキュメンタリー。

 いきなりの業界用語連発! 農業用語がわからない! 画面には疑問符が躍る。そう、わたしたちは農業を知らなさすぎる。これが巻頭に提示された問題だ。

 ふだん何気なく食べている野菜や米がどのように栽培されているのか、百姓たちのどれほどの努力と創意工夫の元に提供されているのか、知っているだろうか。わたしは少なくとも完全循環農法を実践し続けている農家の友人がいるから、ほんの片鱗ぐらいは知っていたが、ここで取材された多くの百姓たちの様々な努力や生き様を知ってものすごく農業に興味がわいた。明日から農業を始めるぞ! とおっちょこちょいの血が騒いだ。この映画は日本に住むすべての人に見てほしい。

 以下、映画に登場する人々について紹介する。できれば映画を見たあとで読んでほしい。

 

 「うちのりんごは色が茶色くならない」と自慢する薄井勝利さん。もう84歳なのに引き締まった上半身をカメラの前で嬉しそうに披露している。なんだかひょうきんなおじいさんだ。次に登場する若梅さんは93歳。もう驚くばかりの元気な百姓さんたちの姿に見ているほうが恥ずかしくなってくる。

 横田修一さん、46歳。子どものころから百姓になりたいと思っていた。百姓には百の仕事という意味があり、転じて何でもできる人、という意味があるというのが横田さんの持論。両親、夫婦、子ども6人の10人家族。子どもたちも農作業を手伝う。従業員もおり、大規模農場だ。真っ平らな農地が広がる風景には驚く。なかなか本州でこんなに広い平面農地にお目にかかれることはない。東京ディズニーランド3つ分の田圃が広がる壮観には感動するのだが、実際にはそう甘いものではなく、機械を導入して田植えをするからといってそれほど儲かるわけでもなく、大規模化に必ずしもメリットはないと従業員も横田社長も異口同音に語る。近隣の農家が後継者不足で廃業していくのを助っ人する横田さんたちの負担が増えていく。農家の工夫と底力がどこまで通じだろうか。「農家力」と農文協が言う、農家の創意工夫に期待がかかる。

 山口県の秋川牧園。飼料米を作る農家の人々も登場。害虫対策は近隣農家みんなで調査し情報を共有する。しかし百姓人生初めてというウンカの被害に遭ってしまう。大量の稲が枯れて倒れている様子がまた息をのむような悲惨な光景だ。

 山口さんキュウリ農家。名人芸のキュウリ作りに飽き足らず、今もどんどん新しいことに挑戦している。そして次々と研修生を受け入れる。技術を人に教えてしまっていいのか? 「いいんだ、それでよそがうまくいけば、また新しい技術の情報が自分たちにも戻ってくるから」「これ以上キュウリ農家が減ったら困るんだ。作付け面積が減ると短期的には値段が上がって儲かるけど、長期的にはそうじゃない」。短期的な利益は長期的な利益にならない。百姓たちはよく知っている。

 秋田県減反政策に抗う農家、斎藤さん。自分たちで米を売ることにした。世間からは「闇米屋」と揶揄される。これまで百姓が手にすることがなかったもの、それは米ぬか。これまでは籾で出荷していたのに、自分たちで精米するようになると大量の米ぬかが残ることとなった。これをどうすればいいのか? これを農地に撒くことによって発酵し、豊かな土へと生まれ変わることがわかった。この米ぬかはほかにも活用方法があり、トマトの苗木専門農家で利用されている。減反に抗する農家の中には赤米や黒米などの在来米を栽培し始めている者もいる。日本では1200種類もの米が栽培されているのだ。

 魚住さん夫妻登場。キュウリの種や南瓜の種を育て、大切に守る。2020年12月「種苗法」改正。百姓国の知(助け合い教え合う)とグローバル企業の知(特許で囲い込む)がせめぎ合う。イチゴやブドウの高給種が中国や韓国に流出して日本の農家が大打撃を受けているというのが種苗法改正の理由として農水省が述べているが、マスカット農家の深谷さんは「そうではない」と自信を語る。百姓は被害者なばかりではない、百姓を舐めてはいけないと監督は語る。

 各地で行われる「タネ交換会」。よい種を百姓たちが交換する会。種は世界中を旅してやってきている。「国連百姓宣言」19条 「百姓は種子(たね)への権利を有する。」採択されたが、日本は棄権した。

 原発事故により避難を余儀なくされた南相馬市の細川さん。久しぶりに戻ったら完全に荒れ果てている。細川さんは震災直後から山梨県に移住した山菜名人。福島から持ち出したタラを植えたところ、とても増えた。さらにはある偶然から、8月にもタラの芽が生えてきた。日本初、真夏に栽培できたタラの芽。その株を全国に分けるという細川さん。百姓の知恵は共有財産なのだ。

 清友さんは野菜作り農家。害虫に悩んでいた。害虫駆除のためには別種の苗を植えてそちらに虫を「移住」させる。これはすごいアイデアだ。農薬不要。

 有機農業に消極的だった農水省が2021年に方針転換。「みどりの食料システム戦略」。しかし農水省はほとんど百姓の声を聴いていないという。

 

 農業を「問題」や「課題」としてとらえるのではなく、かといって「ユートピア」として謳いあげるのでもなく、二極化二元化された農業ではないものを知りたかったと監督は言う。ちなみに「百姓」は放送禁止用語だそうな。その差別的な響きを逆手にとって、百姓の矜持と哲学をみせる本作に胸がすっとするね、スダチが丸ごと入った酎ハイを飲んだ時の気分にさせてくれる映画。

  ゆったりした女声ナレーションにほっこりするし、トライアングルやピアノの清冽な音楽もシンプルで美しい。

2022
日本  Color  130分
監督:柴田昌平

アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台

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 騙された、と口あんぐりの呆れた結末。「予想外の結末があなたを待っている」とか「ラスト20分の感動」とかの惹句に煽られたのがいかんのか、感動の方向がまったく違ったことに呆然。映画を見終わった後のわたしの感情は激しく揺れ動き、驚きから怒りへ、そして感嘆へと変わっていった。そして、これは「他者」を見つめる目を内省させられる映画でもあるのだ、と気づくに至った今。なぜこの結末に「怒り」を感じたのか、そこにこそ小市民の安寧の罠が横たわっていると私は自覚したのであった。

 物語は、囚人たちが社会復帰のプログラムの一環としてサミュエル・ベケットの戯曲「ゴドーを待ちながら」を上演するというもの。素人の彼らがいつしか技を磨き、やがて栄誉ある大劇場での公演のオファーを受けるまでの紆余曲折を描く。このようなプロットを書けば、素晴らしい感動の結末が予想されるではないか。一癖も二癖もある囚人たちがどうやって演技の巧者になるのか? 彼らはいかに刑務所外の公演をこなせるようになるのか? いろいろと興味は尽きない。

 この物語は実話を元にしている。実際にはフランスではなくスウェーデンの刑務所での出来事だ。欧州の刑務所や囚人の待遇など、わたしには知らないことが多すぎる。そしてこの映画を鑑賞するにあたって決定的に不足している情報が「ゴドーを待ちながら」そのものであること。この演劇をわたしはいまだかつて見たことがない。だから、肝心の演劇の面白さを味わえないのが実に残念だ。

 さて物語は、売れない中年の舞台俳優エチエンヌが刑務所の囚人たちの演技指導に雇われるところから始まる。フランスの刑務所事情はよくわからないのだが、とにかく彼らを善導するための一助として演劇という手法を思いついた刑務所役人や政府高官たちは、エチエンヌの指導に期待する。エチエンヌ自身の劣等感や不満が爆発しそうになりながらも、彼は文字も読めない者もいる囚人たちに根気よく付き合い、彼らの演技指導を行う。刑務所から外に出て公演をこなしていく囚人たちはどんどん技を磨き、ついには大臣も鑑賞する大劇場での公演をオファーされることとなる。果たして彼らの公演は無事に成功するのだろうか……!

 この映画を見終わって2週間以上経ったとき、ようやくこの映画から受けた衝撃を文字にすることができるようになった。わたしは無意識のうちに彼らに「囚人」というラベル(この場合はスティグマ)だけを貼り付けて理解していたのではないか。彼らが囚人になる以前の人生、一人一人の生きざま、苦しさ、楽しみ、そういった当たり前の生活があったことを一切捨象してしまっていたことに今さら気づいた。彼らのうちの一人は文字を読むことすらできなかった人物だ。そんな囚人が台本を読んで理解して演技する。これは奇跡のようなことだ。しかし、それが彼らの本当の望みだったのか? 囚人を演技によって矯正しようとした人たち(そしてその物語を鑑賞している私たち)は、知らずしらずのうちに彼らの行動や希望や未来を自分たちの価値観に当てはめようとしたのではなかろうか。だからこそ、ラスト20分間に衝撃を受けたのだ。

 役者エチエンヌ自身が不遇をかこつ身であり、そういう意味ではあまり「囚人」と変わらないのかもしれない。もちろんエチエンヌは囚人ではないから自由があるのだが。そんな彼が演出家としての腕を問われる場面に遭遇する。なんとか囚人たちを指導し、それなりの演技ができるようにまで育てた。彼とても内面ではたいそう誇りに思うものがあったはずだ。だからこそ、ラストの長広舌の感動的な演説が生きてくる。

 エチエンヌ畢竟の演説。これを聞くためにこの映画はあった、と言っても過言ではない。騙されたと思ってまずは本作を観てほしい。

2020
UN TRIOMPHE
フランス  Color  105分
監督:エマニュエル・クールコル
製作:マルク・ボルデュール、ロベール・ゲディギャン
原案:ヤン・ヨンソン
脚本:エマニュエル・クールコル
共同脚本:ティエリー・ドゥ・カルボニエーレ、カレド・アマラ
撮影:ヤン・マリトー
音楽:フレッド・アヴリル
出演:カド・メラッド、ダヴィド・アヤラ、ラミネ・シソコ、ソフィアン・カメス、
ピエール・ロタン、ワビレ・ナビエ、アレクサンドル・メドヴェージェフ、サイード・ベンフナファ