吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ある人質 生還までの398日

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 7月に鑑賞。四か月近く経ってしまったので、いつものようにすっかり忘れているが、これは見ごたえあったという記憶が残っている。こういうときにパンフレットを買っておくのは役に立つ。読みながらあれこれと思い出すのだ。

 2013年4月から2014年6月まで1年以上にわたって、シリアでISの人質となっていたデンマーク人写真家のダニエル・リューが主人公。生還したのだから結果は分かっているが、捕まっている間の虐待の様子や脱出の失敗など緊迫する場面が続き、さらに人質奪還のための裏取引やらがとても興味深いので最後まで画面に釘付けになる。まだ24歳という若さで過酷な状況に突然投げ入れられたダニエルが哀れで、自分の息子たちとほぼ同世代のため、わたしはすっかり母親目線でこの映画を見ていた。

 それにしても驚くべきは、人質を救出するプロが存在しているということ。世の中にはさまざまな職業があるが、こういう職業もあるとは。村上龍著『13歳のハローワーク』には出てきませんよ!

 極限状態では人の本質が露わになる。ダニエルは同じく人質として投獄されたアメリカ人ジャーナリストの気高さに接して心が安らぐ。一方で、残虐なイギリス人監視人たちもいて、彼らのことを人質たちは「ビートルズ」と呼んでいた。このように、ひとつずつのエピソードが豊かで、しかも緩みなく畳みかけるように編集されている。

 デンマーク政府はわが国のありがたい政府と同じで自己責任論を貫く。決して人質救出のためにお金を出したりしない。だから家族が必死になって莫大な金をかき集める。全財産を売り払っても決して入手できない金額だ。その死に物狂いの家族の愛はありがたすぎて涙が出る。

 いくつもの残虐シーンには目を覆うが、何よりも結末が決してハッピーエンドではないことが衝撃だ。

2019
SER DU MANEN, DANIEL
デンマークスウェーデンノルウェー Color 138分
監督:ニールス・アルデン・オプレヴ、アナス・W・ベアテルセン
原作:プク・ダムスゴー 『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還』(光文社新書刊)
脚本:アナス・トマス・イェンセン
撮影:エリック・クレス
音楽:ヨハン・セーデルクヴィスト
出演:エスベン・スメド ダニエル・リュー
ソフィ・トルプ アニタ
アナス・W・ベアテルセン アートゥア
トビー・ケベル ジェームズ・フォーリー

ゴジラvsコング

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 8月に映画館で鑑賞。

 これ、“モンスター・バース”シリーズの第4弾だそうな。どうりで、ほとんど何の説明もなくいきなりいろんな話が始まるから、「モナーク」って何だったっけ? なんでいきなり芹沢博士が出てくるんだ? まあ、ゴジラに芹沢博士はつきものだが。とか思っていた謎が解けた。大した謎ではないが。

 というわけで、本作は前作「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ 」の3年後という設定である。だから、このシリーズを見ていないとさっぱりわからないという仕様になっている。このシリーズは全部見ているはずなのだが、ストーリーをほぼ覚えていないため、設定の細かいところがわからない。登場人物の、特に子役が大きくなっているから、見ているこちらは一層混乱する。いちいち前作を復習しないとわけがわからないというのも困りものではあるが、こちらの記憶力が保っていられないのがいかんのだろうか。そうだろうなぁ…(悲)。

 で、3年間姿を現さなかったゴジラがなぜか突然海の中から出てきて、フロリダにある大企業を襲う。その理由はやがて明らかになるのだが、この企業が悪だくみをしている、ということで。ストーリーにはさして新味がないのだが、とにかくゴジラとコングの格闘が最大の見せ場! もうこの重量感がたまりません! いちいち見栄を切って取っ組み合いをするところとか、襲い掛かる前に思い切り「溜め」を作って大きく息を吸ってドッカーンとぶちかますタイミングとか、子どものころに見たプロレスを思い出した。技がレトロな感じがするし、歌舞伎などの伝統芸能ぽいところが本作の見せ場でありますな。

 他にも、細部にいろいろ見どころやツッコミどころがあり、全然退屈しない作品である。世界的大企業が簡単にハッキングされるとかありえんやろ! 重力が反転してるのになんで身体がバラバラにならないんですか?! その前に、超重力でつぶれるはずちゃうのん! え、重力に耐えるポッド? そんな都合のいい乗り物があるんやったらもっと科学は発展してるんちゃうの。いやあ、地球の空洞って地底の楽園やってんねぇ。などなどと楽しみは尽きない特盛定食で腹いっぱい。

 香港の街がこれ以上ないぐらいに破壊されるのがとても心が痛む。香港の人たちからクレームが出ないのか心配になった。破壊王ゴジラではあるが、コングと最後は心を交わしていくシーンがあって、これが実に泣ける。この2頭がそのでかい図体と顔を使ってしっかり感情表現をしているではないか! 

 かくしてゴジラとコングの演技力に感動した一作であった。小栗旬が白目を剥くのはいかがか(笑)。そうそう、 音楽も良かった。日本のオリジナルに敬意を払った曲風である。

2021
GODZILLA VS. KONG
アメリカ Color 114分
監督:アダム・ウィンガード
脚本:エリック・ピアソン、マックス・ボレンスタイン
撮影:ベン・セレシン
音楽:トム・ホルケンボルフ
出演:アレキサンダー・スカルスガルド、ミリー・ボビー・ブラウンレベッカ・ホール、ブライアン・タイリー・ヘンリー、小栗旬、エイサ・ゴンサレス

異端の鳥

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 モノクロで描かれるホロコーストの凄惨。これはホロコーストというよりも、もっと根源的な人間の悪について描いた映画だ。だからこそ舞台を特定の国に限定せず、主人公の少年の名前も不明なままだった。ホロコーストは人間の悪の部分の一つの象徴であって、この映画を見る限り、人はとにかく悪い生き物であるという言葉しか思い浮かばない。

 ホロコーストを逃れた少年は匿われていた疎開先の家を失くし、流浪の旅に出る。孤独な旅の途中で立ち寄った村々で搾取と虐待を受け、暴力の被害を受けるだけではなく、目撃者にもなる。描かれているのはドイツ軍のそれだけではなく、ソ連コサック兵の情け容赦ない暴虐もまたしかり。そして無辜の民のはずの田舎の人々の差別・迫害・暴力もまた剥きだしにされる。

 逃げ場のない暴力と虐待の連鎖を見せつけられる、何も楽しくない映画だ。しかも音楽もついていない。ところがちゃんと最後まで見ていられるというすさまじさ。編集が巧みなので、場面のつなぎがスムーズで余計なカットが入っていない。とはいえ、実は見終わって一か月も経てば細部はすっかり忘れてしまっている映画なのだ。なんということだろう。つまりは、「忘れてしまった」というよりは、「忘れたい場面が多すぎる」映画なのだ。怪作である。(レンタルDVD)

2019
THE PAINTED BIRD
チェコウクライナ / スロヴァキア  169分
監督:ヴァーツラフ・マルホウル
製作:ヴァーツラフ・マルホウル 
原作:イェジー・コシンスキ
脚本:ヴァーツラフ・マルホウル
撮影:ウラジミール・スムットニー
出演:ペトルコトラール、ウド・キア、レフ・ディブリク、イトゥカ・ツヴァンツァロヴァー、ステラン・スカルスガルドハーヴェイ・カイテル

引っ越し大名!

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 今年5月、星野源新垣結衣と結婚したとかで大騒ぎになっていたその直前に、彼が主演した映画をたまたま見た。テレビを見ないわたしとしてはなんでこの二人の結婚がそんな大きなニュースなのか理解できなかったのだが、さぞや二人が主演したテレビドラマが面白かったんだろう。

 それはともかく、星野源という役者のことはまったく知らなかったので、これが初お目見え。どうもどうも、初めまして(いや実は初めましてではなくて、何作か映画で見ているはずだが全く記憶にない)。それにしても地味な役者だ。あえてそういうキャラに見せているのかもしれないが、主人公の武士片桐春之介は人づきあいが苦手で、書庫にこもって本ばかり読んでいて、普段はぼーっとした顔をしている冴えない男。なんじゃそら、ひと昔前のステレオタイプの司書のイメージそのものではないか! 片桐は書庫番なので、本ばかり読んでいるのだから知識が多いはずだ、それなら藩を挙げての引っ越しという大事業をやり遂げる計画も片桐なら作れるだろう、というのがお偉いさん方の勝手な読みだった。

 それは司書というよりもアーキビストの仕事でしょ、とわたしは思わず画面に突っ込む。つまり、藩の過去の出来事のアーカイブズは書庫の中にあるわけだが、それは記録であって「本」ではないのだ。この映画では図書(書物)と記録文書の区別がついていない。江戸時代には大量の和漢書が出回っていたので、片桐が読んでいたのはその和装本の類のはずだが、彼は同時にアーキビストでもあったので、過去の記録を懸命に探して、お家の一大事に的確な助言を与える。

 さて物語は。時は五代将軍徳川綱吉の治世。徳川家の親戚のはずの姫路藩主松平直矩は、実際に生涯7度も藩替えを命じられた”引っ越し大名”なのである。この物語の時代では何度目かの引っ越しを命じられている。引っ越しは大変な出費を強いられる難事業である。そしてその事業の総責任者を命じられたのが、窓際族というか書庫番の青年片桐だったわけである。彼は文芸書が大好きで書庫に籠って「小説」ばかり読んでいたというのに、大抜擢である。まあ、この時代だから小説とは呼ばないが。

 で、彼が無理やり引っ越し奉行に引き立てられて、高橋一生演じる幼馴染で腕っぷしの強い武士・鷹村源右衛門の推薦で、ともにこの難事業に邁進することになる。ここで現代的な解釈としては、引っ越しに乗じて大量リストラを行うということと、この事業の影の立役者が若き女性である、という点が挙げられる。

 かくしてわれらが情けない主人公は、若く美しく子持ちで実家に戻っているお蘭と共に助け合って、いや、お蘭の知恵を借り尻を叩かれて艱難を乗り越えるのである。お蘭の父はかつて引っ越し難事業をやり遂げた当藩の家臣であり、その際の事細かな膨大な記録を書き残していたのだ。元祖記録管理士! 元祖アーキビスト! 元祖レコードキーパー! えらい!

 というわけで、本作は図書館映画、アーカイブズ映画なのである。心して見よ。まあ、最後の立ち回りはちょっと余計かな。(Amazonプライムビデオ)

2019
日本 Color 120分
監督:犬童一心
原作:土橋章宏 『引っ越し大名三千里』(ハルキ文庫刊)
脚本:土橋章宏
撮影:江原祥二
出演:星野源高橋一生高畑充希山内圭哉正名僕蔵ピエール瀧富田靖子向井理小澤征悦濱田岳、西村まさ彦、松重豊及川光博

クーデター

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 とある東南アジアの国で起きたクーデターに巻き込まれたアメリカ人駐在員が家族を連れて必死の脱出を試みる、サバイバルアクション映画。

 主役が「エネミーライン」のオーウェン・ウィルソンだからマッチョなパパが孤軍奮闘するのかと思いきや、このパパ、さほど強くもない。で、そのパパ駐在員が赴任してきたときになぜか空港でピアース・ブロスナンと出くわせて、このおちゃらけイギリス人旅行者を見た瞬間に観客は誰もが「あ、(元)007」と思うわけ。なんでこんなところにいるの? やっぱりそうかあ、そうだよね。という展開。

 クーデーターを起こしたアジア人は見境なく人を殺すし、欧米人は特に目の敵。ほとんど悪魔と同義語状態。これ、アジア人蔑視映画じゃないの、ひどいわ!と憤りながら見ていたら、ちゃんと落ちがありました。それでもねぇ。

 絶体絶命のピンチを何度も潜り抜けるサスペンス風味はそれなりに堪能できたこの映画で、強かったのはパパではなくママだったということがわかってスカっとしました、個人的には。(Amazonプライムビデオ)

2015
NO ESCAPE
アメリカ Color 103分
監督:ジョン・エリック・ドゥードル
製作:ドリュー・ドゥードルほか
脚本:ジョン・エリック・ドゥードル、ドリュー・ドゥードル
撮影:レオ・アンスタン
音楽:マルコ・ベルトラミ、バック・サンダース
出演:オーウェン・ウィルソン、レイク・ベル、ピアース・ブロスナンスターリング・ジェリンズ

スウィンダラーズ

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 ヒョンビン目当てで見た映画。イヤー面白いですねぇ、さすがは韓国映画。これは詐欺師が詐欺師をだます話で、日本ならコンフィデンスマンJPの類なんだけど、さすがはヒョンビンが演じるだけあってアクションものなのであります。

 しかも話がだんだんこんがらがってきて、後半はもう誰が誰を騙しているのかさっぱりわからない。つじつまが合っているかどうかも不明。しかしそんなことはどうでもよくて、とにかく面白ければそれでいい! 韓国映画ってこういうところが良くも悪くもエンタメ作りに長けているところだと感動するわ。

 日本のコンフィデンスマンたちの映画がまったく政治性も社会批判もないのに対して、韓国のは明確に権力批判があるから、そこはさすがと思わせる。何しろ詐欺師の親分が最高検事総長を目指す上昇志向の強い若手検事なんだから。

 ヒョンビンはもちろんかっこいいんだけど、悪役検事役のユ・ジテもよかったわー、彼の顔はどこかで見たことがあるから、これまでの映画で何度も見ているはずだが、今回初めてものすごく印象に残った。しかも眼鏡をかけている場面がよくて、外すとがっかり。メガネ男子のユ・ジテ推し!

 韓国は日本以上に監視社会と見えて、町中いたるところに監視カメラが設置されている。むしろ監視カメラを追いかけている検察側詐欺師の「ここから先はカメラがありません!」というセリフを聞いて、「なんでやねん、もっとカメラを設置せんかい!」と思ってしまうところが怖い。もうわたしたちはこういう社会にすっかり慣らされてしまったのか。(Amazonプライムビデオ)

2017
韓国 Color 116分
監督:チャン・チャンウォン
脚本:チャン・チャンウォン
撮影:イ・テユン
音楽:パン・ジュンソク
出演:ヒョンビン、ユ・ジテ、ペ・ソンウ、パク・ソンウン、ナナ、アン・セハ

ナショナル・ギャラリー 英国の至宝

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 ナレーションも解説の字幕もつかないという、いつものワイズマンの作風。「エクス・リブリス ニューヨーク公共図書館」はかなり以前に本を読んでニューヨーク公共図書館のことを知っていたので、映画としては全然新鮮味がなくて爆睡していたが、今回のミュージアムものは絵が素晴らしいので起きていられる。いや実は途中爆睡していたのだけれど、あとで見直したらえらく面白かった。

 3時間以上もあるのに飽きることなく見ることができるのは、ひとえにこの国立美術館学芸員たちの仕事ぶりが見えるからだ。日本では「雑芸員」という悲しき自嘲職種でもある学芸員だが、さすがに大英帝国のナショナルギャラリークラスだと、広報担当、研究担当、教育担当、修復担当、その他もろもろの職種分けも明確で、それぞれの専門性が生かせる仕組みになっている(はず)。修復担当はひょっとしたら外部の専門家かもしれないなあと思いながら見ていたのだが(日本だとそれが普通)。

 まあ日本でもうちみたいなところだと、館長兼貸し出し係兼レファレンス係兼目録担当兼選書兼研究兼教育担当兼広報兼展示係兼会計兼法人業務兼兼兼兼になるのだが、そうならないナショナルギャラリーにはただただ感嘆のあまりに憧れ目線で眺めておりました。

 さまざまな名画を熱を込めて解説する学芸員たちの素晴らしいギャラリートークにも感動した。ほんとに全員がここの学芸員なの? 自分たちの仕事に誇りを持っているそのプロフェッショナルぶりに見ているほうも胸が熱くなってくる。中にはたどたどしくしゃべるスタッフもいるのだが、そのつっかえつっかえながら語られる内容がとても興味深いので、観客も黙って聞き入ってしまう。

 絵の配置をめぐっても学芸員たちは議論し、それぞれの意見を静かにたたかわせる。プロの会話の知的なスリルがたまらない。

 印象的だったのは、ある広報スタッフから「もっと観客のニーズに応えるフォーラムや広報をしてほしい。学芸員の講義もいいんだけど…」と訴えられた上席学芸員が「低俗な大衆嗜好に合わせたくない」と抗弁するところ。もっとも、彼は「波乱万丈は好きだよ、ありがとう」と答えている。誇り高き学芸員の、インテリの矜持を見せた場面だ。こういう場面でわたしはどちらに感情移入するだろう? 自分自身の反応が面白いと思った次第。(Amazonプライムビデオ) 

2014
NATIONAL GALLERY
フランス / アメリカ / イギリス Color 181分
監督:フレデリック・ワイズマン
製作:フレデリック・ワイズマン、ピエール=オリヴィエ・バルデ
撮影:ジョン・デイヴィー
編集:フレデリック・ワイズマン