僕のワンダフル・ライフ
犬の映画ならこの人!というわけで起用されたのかどうかは知らないが、ラッセ・ハルストレム監督作品。輪廻転生ならぬ、輪廻犬転である。人生ならぬ犬生についてあれこれと犬目線で語る映画だから、「吾輩は犬である」の世界である。
とにかく犬が可愛い。主人公のベイリーという名の犬は、なんども生まれ変わっていろんな犬になるのだけれど、どんな犬に生まれ変わっても可愛い。性格がいい。
物語の始まりはキューバ危機に揺れるアメリカの田舎。ケネディ大統領時代から始まる何十年もの物語を紡いでいき、そのときどきの流行音楽がかかる。サイモンとガーファンクルが実によかった。絶妙のタイミングで「四月になれば彼女は」がかかるとちょっとゾクっとした。
犬は飼い主よりも先に死ぬ。これがつらいので、わたしはもう二度と犬を飼いたいと思わない。この映画を観て、小学生のころから15年間実家で飼っていたシロのことを思い出し、またもやウルウルしてしまった。犬は賢い。自分の名前をわかっているし、飼い主家族のヒエラルキーも理解している。うちのシロはわたしの父に叱られたらシュンとしていたが、わたしや弟が叱っても全然効果がなかった。「お父さんは怖いねんなぁ」と感心したものだ。
して、本作ではベイリーが何度も生まれ変わるから、そのたびに赤ん坊犬が登場して、これがまた可愛くてかわいくてたまりません。ベイリーにとって幸せな一生だったりそうでなかったりと飼い主によってその犬生が著しく変わってしまう、というのはかわいそうなことだ。
この物語でベイリーが何度も生まれ変わるのには理由があったのだ。それは、彼が愛してやまない飼い主のイーサンにもう一度出会うため。そして、イーサンを幸せにするためなのだ。ベイリーは人間の言葉のすべてが理解できるわけではないけれど、人が恋に落ちる瞬間の甘い匂いがかぎ分けられるし、飼い主が幸せかどうかもちゃんと匂いでわかってしまう。人間よりよほどコミュニケーション力があるんじゃないか。
芸達者な犬の演技に感動し、ほろりとさせる幸せな映画。もう二度と犬は飼わないと思ったのに、この映画のせいでちょっとだけ「飼いたいなぁ」と思ってしまったよ。(Amazonプライムビデオ)
(2016)
A DOG'S PURPOSE
100分、アメリカ
監督:ラッセ・ハルストレム
原作:W・ブルース・キャメロン『野良犬トビーの愛すべき転生』(新潮文庫刊)
脚本:W・ブルース・キャメロン、キャスリン・ミションほか
音楽:レイチェル・ポートマン
出演:ブリット・ロバートソン、K・J・アパ、ジョン・オーティス、
ペギー・リプトン、デニス・クエイド、ブライス・ガイザー
声の出演:ジョシュ・ギャッド
家族のレシピ
群馬県にある、行列のできるラーメン屋の店主が急死した。遺された息子真人(まさと)が本作の主人公で、彼は日本人の父と中国系シンガポール人の母との間に生まれ、十歳で母を亡くし、二十数年後の今また父を亡くしてしまった。
かくしてルーツを求める真人の旅が始まる。十歳まで両親と共に住んでいたシンガポールへと赴き、母の親戚を探し訪ねていくのだ。手掛かりは母が残した中国語の日記。旅の案内人は現地の日本人ブロガーの美樹。母の思い出をたどり、幼い頃に食べた叔父の作るバクテー(骨付き豚肉の煮込み)を求める真人は、やがて母と祖母との悲しい記憶へとたどり着くことになる。
主役の斎藤工の演技が素晴らしい。酔いつぶれて机によだれを垂らして眠っているシーンの芸の細かいところなど、これは監督の演出力でもあるが、彼はセリフ回しも自然で、かつしっかりセリフが聞き取れる。日本とシンガポールの間に生まれた人間としての複雑な思いを寡黙な表情から伝える、という難易度の高い演技を見せてくれる。
美樹を演じた年齢不詳の松田聖子は美味しい役をもらったものだ。これは役得と言えよう。長らく海外で暮らして母子家庭の母となり、趣味でグルメガイドを書く人気ブロガーとなった今、昼間はカジュアルないでたちで真人に安い料理屋を案内してくれるガイド、夜はバーのカウンターに立つ色っぽいママさん、という役柄。
そして映画の魅力の半分以上が熱々のシンガポール料理の数々だ。真人が追い求めるバクテーといい、蟹の炒め物、スパイス、スープ、そして異国での和食に至るまで、手間暇かけた心づくしの料理のオンパレードに、お腹が空いてたまらなくなる。
日本とシンガポールの歴史は戦争を抜きには語れない。2017年に開館した国立戦争博物館では日本軍によって残殺された人々の記録が展示されていて、真人もそこを訪れる。母と祖母の不和もこの戦争が原因なのだ。日本とシンガポールに引き裂かれた真人の心は、そして固くなってしまった祖母の心は、彼の作る料理によってほぐすことができるのだろうか。
89分という尺に手際よく現在と過去の回想を配置した手練れの演出を感じさせる本作は、予定調和的な物語だけれど、やはり食べ物には人の心を癒す力があると痛感させる素晴らしい作品。なぜデートはディナーなのか。なぜ学会の後には必ず懇親会があるのか。美味しい食事を共にすることで人は心がほぐれ、垣根が取り払われるのだ。
フランシス・レイの曲のような抒情的な音楽も美しく、心が洗われる。
映画を見終わった瞬間にバクテーが食べられる店を検索したことは言うまでもない。
ところで本作はミュージアム映画・アーカイブズ映画でもある。真人が訪れる戦争博物館はシンガポール国立公文書館が運営する、日本占領下のシンガポールの記録を展示する施設である。日本帝国統治下のシンガポールの呼称であった「昭南」をその名に冠したミュージアムにしようと政府が発表したところ、市民の反対にあって撤回されたといういきさつがある。
シンガポールに行く機会があればぜひ訪れたい場所の一つだ。
ファントム・スレッド
ファントムスレッド2017
PHANTOM THREAD
大空港2013
Short Cut
ショートカット2011、TV映画、112分、日本監督・脚本:三谷幸喜
夜明け
是枝裕和監督の弟子である、広瀬奈々子監督のデビュー作。なるほど、作風がよく似ている。是枝監督と同じく、物語に落ちを付けない人だ。
物語は、8年前に妻子を亡くした中年男がある日河原で倒れている若者を拾い、自宅で介護して自分が経営する木工所で働かせるようになる、というもの。訳ありの若者が柳楽優弥で、「ヨシダ・シンイチ」と名乗ったが本名ではない。過去を何も語りたがらないシンイチは、偶然にも彼を拾った哲郎(小林薫)の亡き息子と同じ名前だった。シンイチは徐々に木工所の仕事を覚えていき、職場にもなじみ始めたかに見えたが……。
柳楽優弥の演技を久しぶりに見たのだが、彼は悩みながらこの役を演じているように見えた。それは脚本のせいかもしれない。主人公シンイチはその内面を見せないために、何を考えているのかよくわからない。いやそうではなく、何を考えているのかはわかるのだが、その感情の表出のタイミングがわたしには理解できない。なんでここで切れる? なんでここで泣く? なんでここで呆然としている? みたいな感じで、いちいち演出が気になってしまう。
そしてそのわかりにくさは最後まで続き、なんといってもラストシーンが一番わからない。ここで終わるのかあ、と愕然としてしまった。
自分が犯した罪から逃れられず、自責の念を持ち続けるシンイチと、彼を息子の代わりに溺愛するようになっていく哲郎とが共依存関係を構築するのは時間の問題だった。しかしその依存と期待と圧迫を逃れようとしたシンイチの不器用さも目に余る。
悪人はほとんど誰も登場しないのになぜか誰も幸せではない。さてラストシーン、シンイチはどこに向かうのか?
ところで、木工所での家具製造の過程が多少とも映し出される本作は労働映画の一種ともいえる。ただし、そこにはあまり労働の楽しさや達成感が見えないのが残念。物語全体が暗すぎるからだろう。