吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

正義の行方

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  1992年に福岡県飯塚市で起きた、女児二名殺害事件は既に「犯人」久間三千年(くまみちとし)が死刑を執行されている。だが今、その裁判は間違いだったと、久間の遺族が二度目の再審請求を行っている。その再審の可否がいよいよ6月5日に下されるというニュースが本日流れた。

 ウィキペディアでこの事件の経過を調べると、判決文や新聞報道を典拠とする説明が書かれており、それを読む限りどうみても久間が犯人としか思えない。

 しかしこの映画はその結末に待ったをかける。捜査を担当した警察官、弁護士、地元記者たちが登場し、彼らの証言を通して、何が真実なのか、真実は人の数だけあるのではないかと静かに問いかけてくるのだ。

 実に緻密に組み立てられ編み上げられた見事な映画である。三者三様の証言が観客に等しく迫ってくる。よくぞ元警官たちが顔と実名を出してインタビューに応じたものだ。今では引退した彼らの自宅にカメラが入り、その生活ぶりの一端を映し出す。捜査に当たった人々は自信たっぷりに、「久間が犯人に間違いない」と異口同音に語る。彼らは自分の責任を全うできたことに満足げだ。そして、無実を叫び続けた久間が反省していないことが腹立たしい、と。

 一方で再審請求を行っている弁護団は、「死刑になった事件がひっくり返ったら大変だと裁判所は思っている。真実究明よりも裁判の秩序を守ることが先になっている」と批判する。

 そして、特ダネを追うことが何よりも大事と教え込まれていた当時二十代だった記者が、他社を抜いて第一報を報道したことを今となっては疑問に思っていると語る。

 それに加えて久間の妻が顔を隠しながらも画面に登場し、当時のことを淡々と語る。感情的になることもなく、不思議なほど冷静に語るその口調からは、夫の無実を信じて疑わない固い意志が窺われる。

 本作では実に多くの証言が積み重ねられていくが、なぜそれが可能だったのか。木寺一孝監督はNHKディレクターとして10年以上この事件の取材を続けていたのだ。そしてついに企画が通って2022年、放送が実現し、その番組は文化庁芸術祭大賞を受賞した。木寺は最初から映画化を企図していたというだけあって、ドローン撮影を多用した映像は迫力がある。

 木寺の背中を押した要因の一つに、18年からの西日本新聞の連載記事がある。事件当時積極的に警察発表に追随した記者たちが、今度は自分たちの報道の在り方を2年83回に及ぶ連載で検証したのだ。

 それぞれの立場の正義がある時、誰にとっての正義なのかを問うこと。真実と正義は同じなのかと問うこと。事件の動機も殺害経過も解明されていないこの事件について、今わたしたちが問うべきことは何か。差し出された証言の数々を噛みしめたい。

 2024
日本  Color  158分
監督:木寺一孝
制作統括:東野真