吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

真夜中のゆりかご

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 「機関紙編集者クラブ『編集サービス』紙に掲載した映画評のうち、自分のブログにアップしていなかった作品をさらえていくシリーズ」(長い!)第1弾は、これ。 

 さすがはスサンネ・ビア監督。「事件」の善悪判断を鋭く観客に迫ってくる。

 生まれて間もない乳児と美しい妻との三人暮らしの幸せな日々を送る刑事アンドレアスに、ある日突然悲劇が起きる。息子が息をしていない! 必死に蘇生を試みるもむなしく、動転した妻は赤ん坊の亡骸(なきがら)を抱いて離さない。「この子を連れて行ったら自殺する」とすがる妻の姿に、アンドレアスは先日捜査のために訪れたDV男の家で見た、壮絶な児童虐待の場面を思い出す。育児放棄された赤ん坊は自分の糞尿にまみれて浴室の床に放置されていた。あの子をアンドレアスの代わりに・・・。法を犯す決意をしたアンドレアスだったが、事態は意外な方向に転がり始め、新たな悲劇を生むことに。

 児童虐待を繰り返す薬物中毒の親の元に置いておくより、たとえ誘拐してでも愛情豊かな両親の元で暖かく育てられるほうが子どもは幸せ。本当に? 法による正義と倫理的な正義がせめぎあうクリティカルな場面に、観客はついついアンドレアスの肩を持ちたくなる。

 「しあわせな孤独」(2002年)以来、倫理の分水嶺に立つ人々を鋭く描く作品を出し続けたスサンネ・ビアが、またしても観客に投げるのは、「あなたならどうする」「彼の行為を責められるのか」と、自らを彼岸に置く安心感を赦さない問いかけ。そして、ラストで感動したその気持ちが冷めやらぬうちに、たちまち「あれほどのショックを受けなければ児童虐待を止めることはできないのか」という疑問が頭をもたげる。わたしたちには何ができるのか。社会に何ができるのか。どんなに豊かな家庭であっても育児中の孤独やストレスは簡単には癒すことはできない。大きなストレスの中で生きるわたしたちがそうそう単純な答えを見出せるとも思えない。そのような靄のかかったすっきりしない気持ちが後を引く。
 心を病んだ人々の絶望と希望が交錯するとき、人は前に進むことができるのだ。

 主人公アンドレアスを演じたニコライ・コスター=ワルドーが精悍な刑事を好演。映画初出演のリッケ・メイ・アンデルセンが、薬物中毒の夫の暴力支配によって無気力になった女をすさんだ表情で演じているのは、観客の気持ちをふさぐほどの熱演だ。ラストの表情との対比に驚くばかり。女優とは化けるものだ。

EN CHANCE TIL

102分、デンマーク、2014
監督: スサンネ・ビア
脚本: アナス・トマス・イェンセン
出演: ニコライ・コスター=ワルドー アンドレアス
ウルリク・トムセン シモン
マリア・ボネヴィー アナ
ニコライ・リー・コス トリスタン