吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ヒトラー暗殺、13分の誤算

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 実話に基づく物語。

 1939年、単独犯がヒトラーの暗殺を企てた、ということは全く知らなかったので、大いに興味をひかれた。しかし、最後までことの真相はよくわからない。

ヒトラー 最期の12日間」のオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督にしては、演出の切れがいまいちだった。登場人物の誰にも感情移入をさせない淡々とした演出というのは良し悪しだ。ヒトラー暗殺未遂事件の謎を追うというスリリングな展開のはずなのに、どんどん退屈になってくるものだから、わたしは合計5回ほど意識不明になりました。隣席のおじいさんは後半ほとんど熟睡だったようで、軽い寝息が1時間ほど続いていましたとさ。

 事件は1939年11月に起きた。第2次世界大戦が勃発して二か月が経っていたが、暗殺は戦前から準備されていた。ヒトラーミュンヘン一揆を記念する演説会を毎年行っていたそのホールに爆弾は仕掛けられていた。悪天候のために飛行機が飛ばないことを危惧したヒトラーが、急遽演説を早めに切り上げて席を立ったために、爆弾はヒトラー退席の13分後に爆発した。市民8人を巻き添え死に追いやった事件の犯人はあっけなく逮捕される。犯人はゲオルク・エルザーという36歳の家具職人だった。彼はスイスへの逃亡を図っていたのだが、国境付近で不審な動きを見とがめられて逮捕されていたのだった。

 映画は巻頭で爆弾を設置するエルザーの姿を映す。この場面はエルザーの「はぁはぁ」という荒い息遣いが強調される緊迫の場面である。膝をすりむき、腕を怪我しながら手製の爆弾を設置する場面は強いテンションでいきなり観客をわしづかみにする。続いて、国境付近で逮捕されるエルザー。ここからはゲシュタポの拷問を受ける現在のエルザーと、彼が犯行に至るまでの様子を描く過去とが交互に立ち現れる。現在と過去との往還がややわかりにくいのだが、過去のエルザーは音楽好きで、女好きで、人妻を愛して孕ませる享楽的な男として観客の前に現れる。なぜこの男がヒトラー暗殺などという大それた犯行をたった一人で決意し、実行できたのか?

 共産党員やユダヤ人を友人に持ち、彼らが弾圧される様を目の当たりしたエルザーが「自由こそが自分の求めるもの」と確信したことが描かれているのだが、そのあたりの描写も「淡々と」を通り越えて説明不足。これでしっかり理解できる人は相当に映画慣れしているか、行間を読むことに異様な才能がある観客だろう。とはいえ、エルザーがどんな拷問にも耐えて自分一人の犯行であることを主張し続ける場面は迫力があるし、説得力がある。なによりも、彼の単独犯行を確信したネーベという警察局長がエルザーに心を動かされていく様子がもっともわたしの心に響いた。ヒトラーの信奉者でありながら、エルザーの単独行動にも強くシンパシーを感じてしまうネーベは、ドイツ敗戦間際にヒトラーに反旗を翻すこととなる。

 エルザーの過去を映す場面での重要な登場人物は、彼の恋人で人妻のエルザだ。美しい彼女は暴力的な夫に辟易しており、明るく音楽好きなゲオルク・エルザーに惹かれていく。ゲオルクとエルザは愛し合うようになり、エルザはゲオルクの子どもを産む。このあたりの自由奔放なゲオルク・エルザーの生き様を見ていると、このような軟派な男が命がけでヒトラー暗殺を思いつめ決行したことの「落差」に、やはり腑に落ちないものを感じてしまう。そう思うわたしはヒトラーと同じ発想をしているのかもしれない。ヒトラーもやはりゲオルク・エルザーが単独犯であるはずがないと確信して、必ず背後の組織を突き止めるようにゲシュタポに命令する。しかし、どうしてもそのような組織の存在やイギリスの諜報員であるとの確認もとれないまま、結局エルザーは長期間拘束されることとなる。

 映画では、エルザーの処刑が敗戦直前まで延びたことの説明はない。とっても不親切な映画なので、パンフレットを買って背後関係の解説を読まなければならない羽目に陥る。

 

 この映画は、イデオロギーや組織の背景を持たない一市民が大胆にも国の行く末を案じてヒトラー暗殺へと突き進んだ様子を描く。まったく無名の人物であったゲオルク・エルザーという男に焦点を当てた作品はこれが嚆矢となる。戦後70年にもなってようやく光をあてられた様々な抵抗を、わたしたちは知るべきではなかろうか。戦争を止める力はこうした、個々人の勇気(蛮勇?)や文字通り血のにじむ努力によって成し遂げられるのだろう。しかしエルザーの爆弾は結局のところヒトラーを暗殺することなく市民の命を奪っただけだった。たとえヒトラーの悪行を止めるためとはいえ、爆弾テロという手段を講じることは正しいのだろうか? エルザーの評価はさらに慎重に検討する必要があるだろう。

ELSER
114分、ドイツ、2015 
監督: オリヴァー・ヒルシュビーゲル、製作: ボリス・オイサーラーほか、脚本: フレート・ブライナースドーファー、レオニー=クレア・ブライナースドーファー、音楽: デヴィッド・ホームズ
出演: クリスティアン・フリーデル、タリーナ・シュットラー、ブルクハルト・クラウスナー、ヨハン・フォン・ビューロー