吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

アバウト・シュミット

 ウオーレン・シュミットが66歳で定年を迎えたその日、彼はオフィスでじっと時計を見つめたまま固まっていた。まもなく5時だ。デスクの上にはなにもない。窓際にはダンボール箱がうずたかく積み上げられていて、彼の仕事はすべて終わり、あとはただ終業時刻を待つだけということがわかる。この巻頭のシーンは印象深い。この1シーンで、彼が実直なサラリーマンであり、大きな会社のかなりの地位にまで昇った人物で、定年の今日を迎えて心は清々しく満足感に満ち、少しの寂しさとともに胸を張って会社を去る、という人物設定がすべて説明されている。

 定年後に妻と二人でキャンプを楽しむために大型のキャンピングカーも買った。離れて暮らす一人娘はもう若くないが、ようやく結婚することが決まって式の準備に追われている。妻との生活に小さな不満はあるが、概ね平和な家庭を築き、これからは遠くアフリカに住む貧しい子どものフォスター・ペアレントになろうと決心した。そして、その6歳の子どもに宛ててシュミットは手紙を書く。自分がどういう人物か、書き連ねていくのであった、そう、「About Schmidt」だ。
 本作はほとんどジャック・ニコルソンの独壇場といえる映画。そこにキャシー・ベイツ演じるロバータというえもいわれぬけったいなキャラの女性がからんで、この初老コンビの演技のぶつかり合い(ついでに肉体のぶつかりあい(~_~;))は見ものだ。
 ラストシーンのジャック・ニコルソンのくしゃくしゃ顔には思わず引き込まれる。このシーンのためだけにこの映画はあると言っても過言ではない。手を繋ぎ合う人と人。明るい太陽。人生の最後に誰と手を繋ごうか? それは今まで忘れていた愛する人、遠い地にいるまだ見ぬ人、そして、これから出会う一人一人。最後に求めるものは結局のところ、「愛」なのだ。そんな単純で簡単なことに気づくのになんとシュミットは遠回りをしてきたことだろう。人生の時間が残り少なければ少ないほど、その単純な「真実」の発見には泣かされるだろう。そして、悲しいことに、血の絆よりも、もっと人に愛を届けられるものがあるという皮肉。建前だけで生きてきた良識ある男の生き方がすべて崩れていくかのような、感情放出の一瞬だ。ニコルソの泣き顔は観客のもらい泣きを誘う。
 この作品を本当に味わうにはわたしは若すぎる。15年後に見たらもっと胸に沁みるだろう。仕事一筋で来たおやじが定年を迎え、妻を突然亡くして呆然とし、娘とはぎくしゃく、孤独に陥って生活は荒れる…。あまりにも普通の、あまりにも中産階級の設定なので、ジャック・ニコルソンにもっと違うものを期待していたわたしは、少々肩透かしを食らった感がある。
 ところで、DVDの映像特典が充実しているのでお奨め。本編からカットされたシーンがなかなか粒ぞろいだ。監督自らの解説付きでなぜカットしたかの説明があるので、よくわかる。なるほどカットもやむなしと納得できるのもあれば、なんでカットしたんだろう、惜しいなあ、わたしが監督なら切れないぞ、とあれこれ考えながら見るのも楽しい。(レンタルDVD)

制作年 : 2002
上映時間:125分
制作国:アメリカ合衆国
監督: アレクサンダー・ペイン
製作: マイケル・ベスマン
    ハリー・ギテス
原作: ルイス・ベグリー
脚本: アレクサンダー・ペイン
    ジム・テイラー
撮影: ジェームズ・グレノン
音楽: ロルフ・ケント
出演: ジャック・ニコルソン
    キャシー・ベイツ
    ホープ・デイヴィス
    ダーモット・マローニー
    ハワード・ヘッセマン
    レン・キャリオー
    ハリー・グローナー
    ジューン・スキッブ
    コニー・レイ