吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

『「核」論』

 戦後日本の「核の受容史」を描いた本書は、原発推進論者を批判している。いっぽうで、反原発運動にも批判を加えている。その論旨は、「今すぐ原発を停止すると言っても無理なことなのだ。原発がある限り、それを安全に運転するための研究は必要ではないか。その研究すら否定する反原発派の主張は間違っている」「反原発派は一基の原発も止めたことがない」「科学の手を放す時期が早すぎる」「東海村の事故は反原発派にも責任がある」といったもの。これらについて、わたしの感想と批判を書きたい。

 東海村JCOの事故には反原発派も責任があるという武田徹氏の主張は、丸山真男が「日本の戦争責任は昭和天皇日本共産党の両方にある」(「思想の言葉」『思想』1956年3月号初出、のち「戦争責任論の盲点」と改題して『戦中と戦後の間』に所収)と述べた主張と同じ構造を持つ。丸山は、「戦争反対」や「天皇制廃止」を掲げた戦前の<無謬の前衛>日本共産党が結局は敗北したことを批判して、「実現できないスローガンなら最初から掲げるな」と言った。
 だから、武田氏の反原発派批判の構造そのものは別に目新しいことでもないし、反原発運動内部でもそんなことはとっくに議論されていることなのだ。運動家というのは、多少の温度差はあっても、けっこうニヒルである。ほんとうは自分たちの無力さを自分たちが一番よく自覚している。今まで反原発派は一基も原発を止めていない。活動家はそのことを自嘲的に受け止めている。
 ただ、正面からそういうふうに批判されることがなかったので、キツイな、とは思う。武田氏の批判を反原発派がどう受け止めるのか反応を見てみたいが、寡聞にして本書への反論をしらない。


 次に、武田徹氏はこうも批判する。「ハンタイ派は放射能のおそろしさをむやに強調しすぎる」

 これについて、一つおもしろいエピソードを紹介しよう。
 もう20年以上も前の話だが、反原発運動の活動家が次のように話すのを聞いたことがある。
「(原発銀座の)敦賀湾(若狭湾か?)では天然のハマチが獲れる。味は間違いなくいいのだが、関電の社員たちは絶対に食べない。ところが、反原発の活動家たちはへっちゃらで食べる、うまいうまい!と。そんなもん、放射能なんて、ちょっとぐらいどうってことあるかいな、と言うてるで、みんな(笑)」
 放射能なんてちょっとぐらいどうってことないというのが本音かどうかはわからない。しかし、原発銀座の現地に住む漁民たちはそこから逃げるわけにはいかない。危険だろうが、ちょっとぐらい大丈夫だろうが、どっちにしても彼らは原発がなくならない限り、放射性物質とともに生きることを余儀なくされる。原発反対派の人々は、自分たちだけが安全なところに避難することを潔しとしない。だからこそ、敦賀湾でとれた魚も食べるのだ。

 確かに反原発派は放射能のおそろしさを強調する。だが、外向けには危険性を「過剰に」主張するけれど、自分達はあんまり気にしていなかったりする。でも中には本気で恐ろしがっている人もいるし、わたしだって放射能は怖いと思っている。武田氏はその怖がり方を問題にしているわけで、確かに反原発運動の中にある「非科学的」な怖がり方はやはり問題があるだろう。怖がり方にもリテラシーが必要なのかもしれない。
 
 次に、武田氏の高木仁三郎論について。高木が「科学の論理を手放し、それとは相容れないかたちで運動の論理に突き進んでいったように思える」(206p)というのは事実誤認ではなかろうか。また、反原発派が「科学的な思考を手放すリリースポイントが早すぎる」というのも違うという気がする。反原発派は、原発推進のための研究は否定しただろうが、廃炉のための研究までは否定していない。これについてはいくらでも反証がある。1979年に京大原子炉実験所から放射能漏れが発見されたとき、実験所内部の若手研究者がその実態について反原発派に情報を流したし、その後、その研究者は反原発の立場から著作を著している。大学で研究を続けながら反原発運動にコミットし続ける研究者はいくらでもいる。核エネルギーは人類と共存できないと思いつつ、その技術を完全に手放す日まで、彼らは研究を続けるだろう。
 ただし、「すべての原発を直ちに止めよ、あとのことは知らん」といわんばかりの主張が反原発派からあったことも確かだ。だから、武田氏の苦言を反原発派は真摯に受け止める必要があるだろう。
「本当に事故を防ぎたければ、運動に突進しようとする拙速さを控えてヒューマンファクターまで相手取った総合的な制御の技術を確立していくべきだろう」(200p)という提言には耳を傾ける価値があると思う。

 武田氏の高木仁三郎論は批判のための批判ではなく、高木への敬意や共感が底に感じられるので、個人的には好感を持つことができた。ただ、高木の科学志向への懐疑や否定的評価はわたし自身の印象とずいぶん異なる。高木仁三郎は間違いなく科学者だ。彼は死ぬまで「科学的な思考を手放」したりしなかった。だからこそ、そのための「高木学校」創設ではなかったのか? 市民科学者を育てるための高木学校の開校は、高木仁三郎が科学者でありつづけたことの証左だと思う。

  『核論』では核の歴史に紙幅を割くよりも、高木仁三郎論についてもっと深い考察を展開してもらいたかった。「1986年論」([第7章])に至るまでの記述がなければ最後の3章も活きてこないという判断があるのかもしれないが、わたしとしては最後の3つ(その中でも第7章と8章にあたる部分)の章がもっとも興味深かったので、ここに力点を置いてほしかったと思う。まあ、一人一人の読者のリクエストにいちいち応えてはいられないかもしれないが。

 反原発運動は女性たちの母性をバネに80年代末、大きな広がりを見た。だが皮肉なことに、あるいはそれゆえにか、わたしが反原発運動から手を引き始めたのもそのころからだ。そして、実際に自分自身が母親にったころには反原発運動の実践とはほとんど無縁になった。「子どもたちのために核のない未来を」というスローガンは心情的には理解できるが、わたしにはフィットしないものだ。別に上野千鶴子に言われてなくても、母性神話を掲げるような運動の論理はわたしの肌に合わない。ただ、合わなくても合わせなければならないときもある(あった)。

 そして、確かに、放射性物質への恐怖をあおるような反対運動は「非科学的」で被爆(曝)者への差別を助長する危険性を孕む。けれど、東海村臨界事故でなくなった篠原理人さんの治療中の顔写真を『原爆と峠三吉の詩』(下関原爆展事務局編 長周新聞社 2002年--増補改訂版)で見たときには、その悲惨さに言葉を失った。篠原さんの遺族がこの写真の公表を許可したのだとしたら、そこに遺族の思いが込められていると感じた。
 7ヶ月間も苦しみ続け、判別のつかないほどの顔になった無惨な死を、「科学の進歩のための貴い犠牲」などとは決して言えまい。それこそ、
「技術が全ての危険性や経済性を検討し尽くして採用されることはなく、技術は使われながら、色々誤解や、過剰な期待などを修正しながら、その受容のシステムが整備されて行くものだ。核エネルギー利用技術もその例外ではない。その意味では便所無きマンションというのはハンタイ派の政治的な意図を含んだ比喩であるか、技術受容のリアリズムをわきまえない感情的な表現だと言えるのだが、それにしても核分裂生成物の環境負荷は強力で、他の一般技術と同じ地平で論じるのは無理のようにも思えるし・・・」(武田徹氏のHPより)
というジレンマの解決がまったく困難であることを表している。

 いつかは人類が核物質を自由に操れるようになるかも知れない。だが、それまでに払うことになる環境負荷や人身の犠牲をどうペイさせるのか? 遺伝子レベルにまで傷をつける放射線、子々孫々にまで影響が及ぶだろうと言われている(言われているだけで、本当かどうかはわからないが)放射線障害の被害をどうするのか?

 「原発が安全かどうかは不明である」というとき、反原発派は、「危険だ」という方に重きをおいた。推進派は「安全だ」という方に賭けた。
 わたしたちはどっちに賭けるのか? その賭けは危険すぎないか?

 本書は、『からくり民主主義』( 高橋秀実著. 草思社, 2002)に似たような内容を持つけれど、『からくり~』のような読後感の悪さはない。『からくり~』は、「○●という社会問題については反対派と賛成派がいて、わたしはどちらにも与しない、できない。反対派が正義を主張していたような社会問題もよくよく調べてみれば裏には△▲というような事情があって…」というような内容を持つ本だ。「賛成でも反対でもない。あるいは、軽々しく賛成も反対も言えない」というあいまいな立場は中庸を好む日本人には受ける。まさに、「賛成でも反対でもなくて…ふにゃふにゃ…」といいながらアメリカのイラク攻撃を支持した小泉首相と同じ発想ではないか。

 武田氏は原発推進派にも反対派にも批判を向けるが、その姿勢には現状批判の真摯な態度が読み取れるので、「あっちでは反対、こっちでは賛成といっています。私はよくわかりませぇ~ん」と恥ずかしげもなく肩をすくめてみせる<判断停止>の高橋秀実よりずっと好感が持てる。

 繰り返しになるが、本書からは武田氏の苦衷がひしひしと伝わってくる。その率直さ、真摯さには好感が持てるが、なおやはり反原発派から見れば、運動内部の諸矛盾を突くには物足りない。
 そして、「電力会社の言うことも信じられないし、反核運動も一面的ではないかと思っているような人ーー、ぼくはまともな知性の持ち主は、今や間違いなく、そうした「間をゆく」人になると思うが、そういう人なら、この本に共感を示してくれるかも」(武田徹氏のホームページより)という、「中庸は金」という考え方にも疑問符をつけておく。「間をゆく」ことが「まとも」であるときもそうでないときもあるだろう。原発に関しては、「間」はないとわたしは思うのだが。廃炉に向けて研究を続け、日々の稼動には厳重な注意を払いつつ、原発依存度を徐々に低くし、やがては全廃へ。同時に全エネルギー消費量を減らす方向へと生活も変えていく。そういう方向へもっていくしかエネルギー問題の解決はないと思う。

 武田氏にはわたしのあやふやな「印象」を覆すような、より精緻な高木仁三郎論を書いてほしいと思う。「反原発運動の悲劇」と武田氏がおっしゃるようなことをより詳細に取材・分析してもらえたら、と思う。反原発運動の再生と発展のためにも。


「核」論 : 鉄腕アトム原発事故のあいだ 武田徹著. 勁草書房, 2002