吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2030年ごろかも。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

『黒いスイス』

 ミケ子さんのブログでの紹介で本書を知ったわけだが、永世中立国スイスが軍隊を持っていることぐらいはわたしも知っていたけれど、この本に書かれていることは驚くべきことばかりだった。


 アルプスの山々に囲まれた平和な国、森と湖の国、という美しい観光国のイメージと裏腹に、過去にはロマ(ジプシー)の人々を国家が誘拐「矯正」していた国。中立を謳いながらナチス・ドイツに協力してユダヤ人を排斥した国。冷戦崩壊まで核武装計画を密かに進めていた国。相互監視社会の警察国家。移民を排斥し、ネオ・ナチの世界的中心地となりつつあるスイス。徹底した秘密主義を守ることで有名なスイスの銀行は脱税や横領や麻薬の金をロンダリング資金洗浄)するのに利用されてきた。

 ここに描かれたスイスはまさに「黒いスイス」だ。
 
 が、「黒いスイス」だけではない。ヒトラーの迫害を逃れて国境を「不法」に越えようとした難民に滞在許可証を発行し続けた警官のエピソードも挿入されている。その警察官は不法行為を密告されて免職となり、刑事裁判にかけられて有罪判決を受けた。49歳で失職して82歳で亡くなるまでとうとう定職につくこともなく、窮乏生活を強いられたが、それでも自分のしたことを間違ってはいなかったといい続けたという。
 この心打たれる話があるのでずいぶん救われた気になるが、本書を読むとスイスというのは恐ろしい国だというイメージへと変っていく。

 もちろん、どんな国も天国ではありえない。いいところもあれば悪いところもあるというのは当たり前の話だ。美しいイメージしかなかったスイスの裏の顔を描いた本書は驚くべきことが暴露されていて、とても興味を惹かれるのだが、だからといってスイス人が悪い人間だという短絡も避けるべきだろう。どんなルポも一国の多面的な様相を描きつくすことなどできない。

 本書を読んで痛感することは、ネオ・ナチの台頭がグローバリズムの進展と同時に起こってきているということだ。グローバリズムと排外主義は双子のようなものなのだろう、この日本の国で起きているナショナリズム言説の台頭もグローバリズムの広がりと軌を一にしている。スイスの現状で言えば、このことがもっとも気になるところだった。 
 
<書誌情報>
 黒いスイス / 福原直樹著. -- 新潮社, 2004. -- (新潮新書 ; 059)