吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

マリリン 7日間の恋

 ウィンザー城の図書室が映る、これも図書館映画の一つ。


 ミシェル・ウィリアムズはいい役者になった。ミシェルがマリリン・モンローを演じるとは奇抜なキャスティングではないかと思うのはわたし一人ではあるまい。しかし、この二人の女優は似ていないにもかかわらず、ミシェルの演技によっていつのまにか彼女こそがマリリンだと思えてくるから不思議だ。映画が終わる頃には、本物のマリリン・モンローの姿がどうだったのか思い出せないほどだ。


 マリリン・モンローは人気絶頂の30歳のときにイギリスに渡り、シェイクスピア俳優のローレンス・オリヴィエ主演監督作に出演することになった。本作は、その時、助監督を務めたエディ・レッドメイン(コリン・クラーク、いかにも繊細ないいとこのお坊ちゃま風でナイーブさがよかった)の回想録を原作とする。長らく秘めて語られなかった、エディとマリリンとの7日間の純愛が本作の物語だ。それは愛と呼ぶには儚すぎる7日間だった。当時、マリリンは作家アーサー・ミラーと結婚したばかりであったし、エディは助監督とは名ばかりの、要するに雑用係、ローレンス・オリヴィエからいいつけられたマリリン・モンローの監視役に過ぎなかった。ときにエディは23歳、映画好きが嵩じて何がなんでも映画の世界で仕事がもらえればそれでいい、という夢見る青年だった。


 この映画には名だたる有名人が頻出し、それだけでも映画ファンをぞくぞくさせる。さらには、エルビス・プレスリーの歌声が流れたり、エルビスファンにとっても嬉しい映画。


 セックスシンボルであったマリリンが演技力に自信を持てずに雇ったコーチであるポーラ・ストラスバーグが彼女にさせた演技が、「メソッド演技法」と呼ばれる、登場人物の内面に深く入り込み、感情的に一体化する新しい演技法だった。それに対して、伝統的な演技法にこだわるオリヴィエは、演出をめぐってマリリンとことごとく対立する。これまた映画演劇史を語る映画として興味深い。


 飛行機のタラップから空港に降り立った大スターマリリン・モンローを迎えたローレンス・オリヴィエは妻のヴィヴィアン・リーとともに花束を抱えていた。オリヴィエはマリリンに色目を使い、その魅力にぞっこんだったが、彼の下心はあっという間に打ち砕かれる。というのも、マリリンはローレンス・オリヴィエの古い演出方法を理解できず、神経質になって登校拒否児のように「出勤」をいやがり、毎日のようにセット入りに大幅に遅刻したからだ。オリヴィエは当初の目論見を壊されて切れてしまい、現場には険悪な空気が漂う。この映画では、撮影現場でスター女優の我儘に振り回される演出陣の鬱屈と怒りが存分に描かれていて、その緊張感たるや、手に汗握るものがある。しかも本作の演出は全体にユーモラスであり、ここに描かれているローレンス・オリヴィエは大御所俳優の面目もなく、男の下心も野望もすべてがあけすけに剥ぎ取られた、ぎらつく下卑た人物にしか見えない。


 わがままでどうしようもないマリリンなのに、彼女の笑顔のなんと愛らしいことか。そして、大スターであることを楽しみ、その役割を見事に演じているにもかかわらず、一方では自分に自信が持てずに薬に依存して、ついには昼間も朦朧としている彼女の姿が他人事とは思えないリアル感に満ちている。新婚の夫にさえ見放されたという被害妄想に陥り、夜中に膝を抱えて泣きじゃくる姿の哀れさといい、助監督エディから見たマリリン・モンローは「守ってあげたい」という男心を刺激する存在であったに違いない。


 エディとマリリンの間になにがあったのかはこの映画では隠されている。二人の間に肉体関係があったのかどうか、それは仄めかす程度にしか描かれていないため、実際のところは原作を読むしかなさそうだが、若きエディが世界のセックスシンボルに入れあげて、彼女を愛したことだけは確かなようだ。この映画のマリリンはほんとうに魅力に溢れている。優しく、はかなげで、頼りなく、わがままで、何よりも愛らしく、輝く肌の美しさに眩暈がするほど、そして天性の女優としての才能に溢れていた。


 マリリン・モンローは世界にただ一人しかいない。誰もマリリンにはなれない。にもかかわらず、「わたしもマリリンだ」と思わせるものがこの映画にはある。彼女の不安、絶望、矜持、それらは今を生きるわたしたちの胸をつく。常にスターであることを期待され、常にヒット作を生み出すことを期待される女優人生は、常に満点を期待され強要されるわたしたち現代人の生き方に重ならないか。


 見終わったら猛烈に「王子と踊り子」を見たくなった。

MY WEEK WITH MARILYN
100分、イギリス/アメリカ、2011
監督: サイモン・カーティス、製作:デヴィッド・パーフィット、ハーヴェイ・ワインスタイン、製作総指揮: ジェイミー・ローレンソンほか、原作:コリン・クラーク、脚本:エイドリアン・ホッジス、音楽: コンラッド・ポープ
出演: ミシェル・ウィリアムズケネス・ブラナーエディ・レッドメインドミニク・クーパージュリア・オーモンド、ゾーイ・ワナメイカー、ダグレイ・スコット、エマ・ワトソンジュディ・デンチ