吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

愛の予感

https://eiga.k-img.com/images/movie/34153/gallery/1_large.jpg?1396888612

 不思議な映画だ。ある意味、映画の原点のような。冒頭以外にはほぼセリフがないので、ひたすら映像だけで「事態」の推移も登場人物の心理も描いていく。まるで無声映画のようだ。しかも、二人の人物の淡々とした日常生活を繰り返し映していくだけ。中年男は毎日安宿から工場に出勤し、宿に帰れば食堂で夕食を摂って風呂に入って寝る(風呂が先だったかも)。中年女はその宿の厨房係で、毎日料理を作ったり洗い物をしている。

 この二人が尋常ではない関係ということが冒頭で示されていなければ、退屈で見ていられるものではない。どこが尋常ではないのかというと、男は中学生の娘を同級生の女子に殺された。女は殺したほうの女子の親だ。二人はカメラの向こうにいるインタビュイーに向かって淡々と今の心境を述べる。男は「絶対に許さないし、加害者の親の謝罪など受け付けない」と答えている。

 そして場面は北海道のうら寂しい町へと移動し、男と女はおそらく偶然出会ってしまう。そこから二人の、毎日毎日何の変哲もない生活の繰り返しをカメラはただひたすら追っていく。こんな不思議な映画もあったのか。第60回ロカルノ国際映画祭コンペティション部門グランプリ(金豹賞)受賞ということなので、海外ではこういうのが受けるのだろう。

 「今のぼくは、あなた無しでは生きられない。でも、あなたと一緒では、生きる資格がないです。ならば僕はあなたと、ならば僕はあなたと……」

 フランツ・カフカの日記に出てくる有名なフレーズそっくりの言葉で終わるこの映画。愛の予感なのか? 二人は再生するのか? 極限までそぎ落とした映画になにができるのかを問うたような実験作の趣。好き嫌いがわかれるだろう。(レンタルDVD)

2007
映画ドラマ
日本  Color  102分
監督:小林政広
製作:小林直子
脚本:小林政広
撮影監督:西久保弘一
出演:小林政広渡辺真起子