吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

地下室のヘンな穴

https://eiga.k-img.com/images/movie/97561/photo/e8ccaab61c0a90f2/640.jpg?1658362745

 こんな変なタイトルの映画が公開されるなんて、それだけでもぞくぞくするではないか。配給のロングライドはいつもいい映画を選んでくれていて、たいそうありがたい。今回もこの映画をよくぞ買い付けてくれました! しかしもうちょっと頑張って宣伝してほしいんですけど。

 けっこう深いじゃないですか、この映画。いかにもフランス人に受けそうな感じ。でも別に理屈っぽくないし、すごく深い話をさりげなくわかりやすく提示しているんだから、これはもう買いですよ、買い。

 日本人が登場する場面もかなり笑いのツボ。あきらかに日本人ではない役者に演技させているのでけったいな日本語だったりするのだが、日本人医師はネイティブかな。

 で、このけったいな物語はというと、とある郊外の一軒家の地下室には穴が開いていて、蓋をあけて中に入ると、時間が12時間進んでしまい、肉体は3日若返るという。それがこの家の売りなんだと説明する不動産会社の営業マンにそそのかされて、その家を買ってしまった中年夫婦の悲喜劇。

 妻マリーは3日若返るという言葉に浮き浮きして、すっかり若返りの虜。しかしたとえば10年分若返るためには1217回その穴に入らないといけない。その間に失う時間は14604時間(608日分)だ。つまり、大事な人と過ごす時間やその他の時間を14000時間以上犠牲にして見た目だけ10年若返るわけ。それでいいのか?!

 20年若返ろうとしたらさらにその2倍の回数を穴に入っていく必要があるから、趣味や旅行に費やす時間もほとんどなくなり、生きている時間の大半を穴の出入りに使うことになってしまうのではなかろうか。

 この映画はタイムスリップがキーであり、映画自体が時間軸を自在に行き来する。そして、若返り願望が昂じていくマリーを寂しく見つめる夫アランがなんだか気の毒。そのアランの友人かつ勤め先の社長夫婦もけったいな人たちで、社長のジェラールはなんと、驚くべきことに……(以下ネタバレなので自粛)ということをアラン夫婦に告げる。これがまた最高傑作に笑うしかない。

 よくこういう話を思いつくものだと感動してしまうカンタン・デュピュー監督。若さに拘泥する人びとは結局大事なものを失ってしまうという、わりとわかりやすい教訓が描かれているのだが、その描き方が実に大胆で他に例を見ない。映画の後半はほとんどフィルムの早回しのように展開していき、その演出方法もまた小気味よい(手抜きという批判もある)。ラストシーンのぞっとする怖さは格別だ。最後までシュールな作品。

 次はデュピュー監督の「ラバー」「ディアスキン 鹿革の殺人鬼」をDVDなどで見たい。わが息子Y太郎によれば、「Mandibule」という映画がものすごく面白い、ぶっ飛んでいるということだが、残念ながらこれは今のところ日本で見ることができない。

2022
INCROYABLE MAIS VRAI
INCREDIBLE BUT TRUE
映画ドラマコメディ
フランス / ベルギー  Color  74分
監督:カンタン・デュピュー
製作:トマ・ヴェルアエジュ、マチュー・ヴェルアエジュ
脚本:カンタン・デュピュー
撮影:カンタン・デュピュー
音楽:ジョン・サント
出演:アラン・シャバ、レア・ドリュッケール、ブノワ・マジメル、アナイス・ドゥムースティエ