吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛

 2013年に見た映画だけれど、アウンサンスーチー氏来日を記念して感想をアップ。

 この作品、リュック・ベッソンが監督するのだから(実はわたしはアン・リーが監督だと勘違いしていた)、あまり期待していなかったのだが、どうしてどうして、なかなか面白かった。現在進行形の苛烈な政治劇を「面白い」と言ってしまうのはためらわれるが、波瀾万丈のアウンサンスーチーの半生を実に小気味よく描き、美しく勇敢な女性を称える作品として、心が洗われる。

 彼女の伝記事項についてはほとんど知らなかっただけに、すべての事実が驚きであったし、映画が政治的背景の説明よりも家族愛に軸を置いた点でも観客にはわかりやすかったのではなかろうか。しかしその分、軍事独裁政権のあくどさが戯画的で、ビルマの複雑な政治状況が全然この映画ではわからない、という点がマイナスではある。

 ミシェル・ヨーはマレーシア出身の女優だが、ビルマ語と英語を駆使して熱演している。個人的には、彼女の夫であるイギリス人学者のなんとなく情けない表情が魅力的に見えた。53歳の若さで癌死するかの夫は、ビルマの政治指導者を妻にしたそのつらさを表にはみせず、ひたすらスーに尽くす。その愛に泣かされる。そもそも建国の父アウンサン将軍の娘というだけで、実際にはスーは政治活動の経験はなかった。たまたま母親の看病のために帰国したときに、民衆に熱狂的に迎え入れられ、突如として50万人の民衆の前で演説することになる。
「大勢の人の前でしゃべるのは初めてなのよ」と夫に不安気に囁いたあと、一転、凛として民衆に語る姿が素晴らしい。

 通算15年も自宅に軟禁されていたアウンサンスーチーだが、あれだけ広いお屋敷ならまあえっか(いや、よくないけど)と思えるほど、やはり彼女はお嬢様なのだ。お嬢様であるスーチーがやがてビルマ民主化のリーダーとして成長していく姿が、その活動を支える家族の目を通して描かれる。イギリスにいる息子たちはビルマに離れて暮らす母親に会いたがる。「マミーに会いたい」という少年たちの姿がいじらくて泣ける。政治活動に献身する者は、いや政治に限らず、仕事に没頭する者は多かれ少なかれ家庭生活を犠牲にせざるをえない。アウンサンスーチーは夫が重篤になると、何とかして家族をビルマに呼ぼうとするが、政府が入国を許さない。アウンサンスーチーが出国する分には構わないという。つまり、ていよく国外に追放して再入国を許さないつもりなのだ。家族をとるか、国をとるか。究極の決断を迫られてスーチーは悩む。身を引き裂かれるようなつらさが観客にも伝わる。

 現在進行形のビルマ民主化はいまだ道半ばであり、アウンサンスーチーの政治的立場に批判的な意見もありえるだろう。映画が製作されてから5年が過ぎ、ミャンマーは事実上アウンサンスーチーが政権を執った。しかし前途はまだまだ多難ではなかろうか。(レンタルDVD)

THE LADY

133分、フランス、2011 
監督: リュック・ベッソン、製作: ヴィルジニー・ベッソン=シラ、アンディ・ハリース、脚本: レベッカ・フレイン、音楽: エリック・セラ
出演: ミシェル・ヨーデヴィッド・シューリス、ジョナサン・ラゲット、ジョナサン・ウッドハウス、スーザン・ウールドリッジ、ベネディクト・ウォン