吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

アクトレス 女たちの舞台

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 「『カイエ・デュ・シネマ』誌では、新作が発表されるたびにとりあえず絶賛されるアサイヤス」と、うちの長男Y太郎が言っていたアサイヤスの最新作。確かにフランス映画らしい理屈っぽい作品だ。セリフが長いし、映画人が喜ぶ自己言及ぶりにはフランス映画らしさがプンプン。

 名をなした大女優マリアが、かつて自分の出世作となった作品のリメイク作への出演を打診される、というのが大筋のお話。彼女が20歳のころに出演したその作品では二人の主要な登場人物がいた。一人は二十歳の主人公。もう一人は主人公と同性愛の関係になる40歳の女性。今回、マリアが出演を打診されたのはもちろん40歳の女性の役である。彼女の中で、かつての二十歳の自分自身と主人公の記憶がよみがえる。それは蘇るというよりも、そのまま彼女の中で生き続けて凍結された時間である。そして今、彼女は四十代を迎えて大女優となり、かつての役を別の若い女優が演じることに戸惑いを感じている。

 映画の中では、というよりも、マリアの中では、というべきか、時間は常に過去と未来が時間軸を密着させて同時に生々しく立ち上がっているのだ。この映画の演出の優れているところは、過去の場面を一切登場させないこと。すべて作中人物に語らせることによって観客にも実感させるという構成をとっているために、いきおいセリフが多くなる。しかしこういう映画はいかにも映画通に受けるのだろうと思わせる。

 この映画は三人の女優の演技が火花を散らす。もちろん主役のジュリエット・ビノシュは素晴らしい。歳をとってすっかりふつうのおばさん然としているというのに、女優の顔になったときの美しさは目を見張る。そして彼女の付き人兼マネージャーを演じたクリスティン・スチュワートがまた迫真の演技をみせてくれる。クロエ・グレース・モレッツが演じた若手女優のビッチぶりも、さりげない中に辛辣さが見えてなかなかよかった(出番は少ないけどね)。

 とりわけ、マリアがマネージャを練習相手にセリフをしゃべる場面の鬼気迫る様子には圧倒される。女優って、すごい。いかなるときにも瞬時に役に入り込めるすごさに見ているほうは恐怖すら感じた。映画の中で現実に進行する<女優と彼女の周辺の出来事>と、<彼女が出演しようとしている芝居の台本の世界>とが境界を失っていく様に酩酊すら感じる。この絶妙の入れ子細工が観客をしびれさせるのだ。

 マリアが出演する芝居のタイトルは「マローヤのヘビ」。それは、スイスアルプスの渓谷に流れるヘビのような雲のことを指す。この雲が画面に現れるシーンには魅入ってしまった。

 人生の転機にある人間にとって自分の中で生き続ける過去の栄光の時間というものの扱いづらさを描くなど、なかなか面白い作品なのだが、残念ながら見る人を選びそうだ。わたしのようにもはや60歳に近い人間にはぐっと身につまされるものがある。とはいえ、過去に栄光があるわけではない(笑)。

SILS MARIA
124分、フランス/ドイツ/スイス、2014 
監督・脚本: オリヴィエ・アサイヤス、製作: シャルル・ジリベール 
出演: ジュリエット・ビノシュクリステン・スチュワートクロエ・グレース・モレッツ、ラース・アイディンガー、ジョニー・フリン、ブラディ・コーベット