吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

マイ・ライフ、マイ・ファミリー

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 劇場未公開作紹介シリーズ第7弾は、先ごろ亡くなったフィリップ・シーモア・ホフマンに哀悼の意を捧げながら。

 この映画は他人事と思えない人も多いのでは。何度も助成金申請に落選する高学歴ワーキングプアの実態も描かれ、日本の貧しき若きインテリ層にはずばりツボの映画といえそう。

 大学でブレヒトを論じる42歳のジョンと、39歳の派遣社員で戯曲を書いてはものにならずあせっている妹ウェンディのもとにある日突然、「父親が認知症だ。一緒に暮らしていた後妻も突然死した」という知らせが入る。兄妹は東海岸暮らしの質素なインテリ。西海岸に住む父親は若いころ子どもたちにつらくあたり、離婚して疎遠になっていた。事実婚だった後妻も亡くなり、介護する者のいなくなった父をなんとかせねばならない。

 久しぶりに家族3人が集まったけれど、その関係はギクシャクし、互いに面倒なことを避けたい気持ちがある。しかしそれをあからさまにすることもできず、兄と妹は父の介護をめぐって言い争う。親子ときょうだいは愛し合っているには違いないが、それほど単純な愛情関係を築けるような暮らしをしてこなかった。この設定が実にリアル。 

 妹は戯曲家・作家なのだが、その仕事では食べていけないので派遣社員で稼いでいる。兄は大学教員で独身生活を謳歌しているように見えるが、実は問題を抱えていた。そもそもブレヒトの研究者なんていまどき存在していたわけ?とちょっと新鮮な感動。妹ウェンディは中年のハゲ親父と先の見えない不倫をしていて、兄にはポーランド人の恋人がいるが、結婚にはさまざまな障害が横たわる。二人とも私生活で問題を抱えている上に父の介護という重大な問題が降りかかってきた。 

 父の住む西海岸アリゾナのまぶしく真っ青な空と、やがて収容されることになる東海岸バッファローの老人ホームの雪が吹きすさぶ風景との対比が見事。もう若いとはいえない兄と妹が認知症の父を老人ホームに入れて最期を看取るまで、という地味な話だけれど、その状況が細かく描かれていて、ひとつずつの台詞がよく練られている上に、ホフマンとローラ・リニーの演技が磐石なので、そのリアルさに引き込まれていく。演出もじっくりと腰をすえていて好感度高し。 

 文系大学教員夫婦がともに正規職に就こうとしたら単身赴任もやむなし、という現状とか、助成金獲得のための血眼の努力と当選者への嫉妬、といった、間近でいくらでもありそう(ある)話が胸にグサグサくる。悲しきインテリのみみいっちいプライドや焦りが見事な脚本で描かれる。兄ジョンも妹ウェインディも悪い人間ではないが、自分たちのことだけで頭が一杯になり、他者への配慮もなくしてしまう。ウェンディは父のためによかれと思ってすることが裏目に出て心が折れそうになり、憤懣やるかたなく身勝手な振る舞いをする。これはたぶん誰もがやりそうな(自分も)ことであり、人間心理の綾をよく描けていると感心する。ひとつだけ不満なのは、認知症の上にパーキンソン病という父レニーが意外に元気なこと。うちの父はもっとゆっくりしかしゃべれないし、認知症のうちの母はもっと目がぼうっとしている。このレニー老人が自尊心を失っていないところがいっそう哀れだった。 

 老人介護の暗い話だから劇場未公開もやむなしか。脚本がしっかりしており、ぐっとのめり込んでしまえる佳作なので、フィリップ・シーモア・ホフマンの追悼公開すればいいのに。

THE SAVAGES

115分、アメリカ、2007

監督・脚本: タマラ・ジェンキンス、製作: テッド・ホープほか、音楽: スティーヴン・トラスク

出演: ローラ・リニーフィリップ・シーモア・ホフマン、フィリップ・ボスコ、ピーター・フリードマン、デヴィッド・ザヤス