冤罪事件を告発する、大変生真面目に作られた映画。とうとう3月27日に再審請求が通った。これを機に、3年前にDVDで見た本作を紹介する。
死刑囚袴田巌さんは48年間の拘禁生活を解かれたが、すでに精神に失調をきたしているという。1968年にこの事件の一審死刑判決を書いた裁判官が2007年になって「袴田は無実だ」と告白するという仰天の事態が起きて以来、急速に支援活動が活発になったように思う。
すでに何度も報道されたから、今となっては多くの人が袴田事件を知ることになったが、事件の概要をおさらいしておこう。
1966年に静岡県の味噌製造会社の専務一家が惨殺された事件の犯人として、元プロボクサーで事件当時味噌会社の従業員であった袴田巌が逮捕された。袴田は一貫して無実を主張したが、警察の度重なる拷問により自白を強要され、ついに自白調書を取られてしまう。裁判が始まると一転して無罪を主張するが、事件後一年以上経ってから唯一の物証となる血染めの衣類が味噌会社の樽の中から発見された。
1968年に静岡地裁で死刑判決。裁判は最高裁まで争われたが1980年12月に死刑が確定した。再審請求は翌年から始まり、冤罪として救援活動も1979年から始められた。2007年2月には、一審で死刑の判決文を書いた熊本典道元裁判官が袴田の無罪を告白するという驚くべき事態となった。熊本は袴田の姉に謝罪し、再審を求める上申書を最高裁に提出している。
映画は、事件の概要と冤罪が捏造される過程を丁寧に描いていく。本作の主人公は裁判官熊本典道であり、彼の良心の呵責を描いた物語と言える。被告の無罪を確信しながら死刑判決文を書かざるをえなかった熊本は、判決後7ヶ月で裁判官を辞職している。本作は熊本の心の葛藤や苦しみを描くことに重点が置かれており、その思いが観客につよく伝わるだろう。
ただし、演出はきわめて真面目でけれんみに欠けるため、描かれた事実は印象に残っても、映画そのものから受け取ったイメージというものが後に残らない。それでいいのかもしれない。この映画が言いたい事は明らかであり、その目的はすでに達せられたのだから。事件の概要を知りたい人には大変参考になる映画なので、お奨め。
映画を見た後、袴田事件関係の本を二冊読んだ。まったく同じ時期(2010年6月)に出版された二冊の本。しかし、そのトーンのあまりの落差に驚く。「美談の男」は裁判官の美談を疑い、むしろその人間的な弱さを描くことに力点がある。「裁かれるのは我なり」のほうが美談に終始している。読み応えがあるのは前者のほう。しかしこの2冊も読み終わって三年経っていて、すでにほとんど内容を忘れている(汗)。
117分、 日本、2010
監督: 高橋伴明、脚本: 夏井辰徳、高橋伴明、音楽: 林祐介
ナレーション: 飯塚昭三