
原作が落語だけあってテンポも小気味よく、ラストに向かってうまく盛り上げていく磐石の演出ぶりもメリハリが効いて、たいへん好感が持てる映画。2時間弱を楽しみました。楽しんだのはわたしだけじゃなくて劇場内の客はだいぶ喜んでいたみたいで、隣席の女性はいちいち手を叩いて笑うものだからうるさくてちょっと…と思ったけど、観客のそういう反応を見るのも映画館で映画を見る楽しみの一つだからま、えっか。
平成無責任男の優柔不断さ事なかれ主義はどこまで変われるのか?! 一地方公務員のぐうたらした仕事ぶりがたった一日でめきめきと変わって行く感動の物語。なんだか黒澤明の「生きる」みたいですね。「生きる」の役人は死を前にして生まれ変わるのだが、みたま市民会館の主任は大晦日の前日のたった一日のドタバタの中で変わって行くというありえないお話。でもまあ、面白いから許す。
みたま市民会館の主任(小林薫、その投げやりな雰囲気、いいねぇ)はスナックのロシア人ホステスに入れあげて家庭崩壊寸前、そのあげくに本庁から市民会館へと飛ばされた男だ。明日は大晦日という日に、翌日の女声コーラスコンサートをダブルブッキングしていることが判明する。方や中上流階級の奥様たちのベテラン合唱団「みたまレディース」、方や下町のパート主婦たちで結成した創立1年の「みたまガールズ」。よく似た名前のコーラスグループの区別がつかずに予約をダブルブッキングしてしまった主任、今頃気づいても遅いって! なんとか双方に折れてもらおうとしたけれど、どちらも譲らない。奥様たちの「レディース」には市長夫人もメンバーに入っているのだ。ランチュウという高級金魚に入れあげている市長からは主任に圧力をかける電話もかかってくる。さあ、コンサートは明日、大晦日の夜。いったいどうする?!
二つのコーラスグループの色分けがあまりにも鮮明で笑える。お金持ち奥様対パート主婦、しかしこの映画ではこのパート主婦たちの驚くべき才能が描かれる。ふだんは似合わないミニスカートをはいてウェイトレスしている中年主婦が、帰宅するやニートの息子に説教を垂れながらあっという間に焼きそばを2人前作ってしまう。そのあまりの手際のよさにあっけにとられた。この場面はワンカットで撮っているから、役者が本当に特訓して見事にその手練れを見せてくれているのだろう。あとは、とってもよく通る声で魚を売りさばくスーパーの店員が、いざコーラスの場面では素晴らしいソロの歌声を聞かせる。これもなかなかのもの。普段、魚売りで鍛えた喉をこういうところで発揮するのですね、芸は何事も一朝一夕には成らず。
無責任男の主任だけれど、懸命に働きながら時間を捻出しては練習を重ねてきた女性達の熱意を知って自分も一肌脱ごうという気持ちになる、そのきっかけが餃子。昨今何かと話題の餃子ですが、これは下町の小さなお店のママさん手作りの餃子ですから、農薬は入っていません。この店の女主人の肝っ玉母さんぶりも泣かせる。
ま、たかがコーラス、されどコーラス。人の生き死にがかかっているわけではない、所詮は趣味にすぎない女声コーラスのコンサートのために首をかけて頑張る主任もエライよ、ほんと。大きな大義のなくなった時代に小さな親切のために懸命になる姿は「ちょっと変かも」と思わせてでもやっぱり感動的です。
原作落語におそらく人物のキャラクターが丁寧に書き込まれているのだろう、登場人物は多いけれどそれぞれの造形は鮮明でわかりやすく、また「いるいる、こんな人」と思わせて笑わせてくれる。特に安田成美演じる下町のコーラスグループ「ガールズ」の指揮者のキャラが最高にいい。元小学校の人気音楽教師、今は介護福祉士(?たぶん)をしている主婦で、永遠の夢追い人みたいな頼りない夫に文句も言わず飄々と接する不思議なキャラクターだ。彼女の包容力や柔軟さが今の時代には求められるのだろうな、と思わせる。「レディース」のリーダーは由紀さおりで、これまたイヤミなおばさんかと思えばさにあらず。このリーダーもなかなかのものです。
最後はもちろんベートーベン第九の「歓喜の歌」で盛り上げるけど、ピアノ伴奏で女声だけのコーラスでは本来の味がでないのはしょうがない。とか思っていたら、いつのまにかフルオーケストラをバックに男声まで聞こえてくるものすごい盛り上げかた。思わず苦笑したけど、これも映画的な嘘なので許す。
大難問の解決策は意外と早く提起され、もちろんその方法しかないわけだから結論もそうなるわけで、それは観客にも割と早くからわかるからここに書いてもネタバレにならないと思うけど、いちおう伏せておきます。結末まですっきり見通せてなおかつ楽しめる、上質のコメディ。楽しいよ、お奨め。「母べえ」より気に入ったわ。
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日本、2008年、上映時間112分
監督: 松岡錠司、製作:李鳳宇ほか、原作: 立川志の輔、脚本: 松岡錠司、真辺克彦、音楽: 岩代太郎
出演: 小林薫、安田成美、伊藤淳史、由紀さおり、浅田美代子、田中哲司、藤田弓子、根岸季衣、光石研、筒井道隆、笹野高史、塩見三省、渡辺美佐子、斎藤洋介、片桐はいり、立川志の輔、立川談志、リリー・フランキー