吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。

モロッコ、彼女たちの朝

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 女手一つで小学生の娘を育てるパン屋のアブラの店の斜め前に、大きなお腹を抱えた妊婦が座り込んでいる。その妊婦は「仕事が欲しい」と昼間、頼み込んできた女だ。夜になって野宿を始めたその姿が気になって仕方がないアブラは、彼女を渋々招き入れる。これがアブラとサミアの出会いであった。

 物語はゆっくりとしか進まない。二人の女は不機嫌そうな大きな目をしていて、何しろ顔が濃いからアップが続くと見ているほうも疲れてくる。しかし、おずおずと彼女たちが近づき始めると、表情に柔らかな光が差す。サミアがパン作りという特技を持っていることがわかったからだ。そして、頑ななアブラと悲痛な目をしているサミアの間をつなぐのが、陽気でお茶目なワルダというアブラの娘である。この絶妙な配剤の女三人の生活が始まり、やがて軌道に乗ったパン作りを通じて女たちは心と身体がほぐれていく。

 パンを発酵させる生地をこねる手つき、こねくり回されるパン生地が柔らかくて気持ちよさそうだ。器用な手つきでルジザという細麺を巻き取っていくサミアの手指の動きが艶めかしい。何とも言えない色気が漂う映画だ。

 このまま三人の生活がうまくいき、店も儲かって万々歳。なんてことにはならないのだ、だってサミアは未婚のまま、もうすぐ子どもが産まれてしまうのだもの。未婚の母への風当たりや差別のひどさは日本の比ではないだろう。2021年のジェンダーギャップ指数は日本が156か国中120位だったが、モロッコはさらに低くて144位(Wikipediaより)。ちなみに最下位はアフガニスタンだ。

 サミアは、産まれた子どもをすぐに養子に出し出産の事実を家族に隠して実家に戻るつもりだという。いよいよ陣痛が始まるときがやってくる。女たちのぶつかりあいと助け合い。ゆっくりとじわじわとおずおずと、そして最後は決然と。きれいごとではすまない様々なことが頭をめぐるラストシーン。彼女の選択は?!

 映画を見ながらわたしは息子たちを産んだときのことを思い出していた。懐かしいあの日々。最近なぜか授乳する夢を何度も見る。赤ん坊を抱いておっぱいを飲ませる幸福感や戸惑いに包まれたまま、目が覚めてからも妙な気分がずっと続く。あの感覚はなんなのだろう。もう一度赤ん坊を育てたいという願望なのだろうか。もはや二度と手に入らない日々だからこそ、大切に思える。そんな個人的な思いも刺激されつつ、映画を見終わった。女たちの行く末に希望はあるのだろうか。そう信じたい……。

2019
ADAM
ロッコ / フランス / ベルギー  Color  101分
監督:マリヤム・トゥザニ
製作:ナビール・アユーシュ
脚本:マリヤム・トゥザニ
共同脚本:ナビール・アユーシュ
撮影:ヴィルジニー・スルデー
出演:ルブナ・アザバル、ニスリン・エラディ、ドゥア・ベルハウダ