タバコ吸い過ぎ(苦笑)。禁煙学会が物言いをつけていたことを知っていたので、どれほど喫煙場面が多いのか、興味津々で見ていた。なるほど、文句をつけたくなるのもわかるほど喫煙場面が多い。結核患者の前でまで吸っている。しかしこれは文句をつけても仕方がなかろう、それが時代の真実なのだから。不都合な真実をなかったかのように描くことは歴史への冒涜でもある。それに、宮崎駿は有名なタバコ好きで、ここまで煙草にこだわったのは明らかに挑発であり、禁煙学会も大人の反応を見せればよいものを、残念な気持ちがする。
というようなことを考えながら見ていたから、喫煙シーンの頻出には思わず笑ってしまった。
「手を離さないでね」
「うん」
「絶対よ」
「ちょっと離してもいいかな」
「だめ」
「…たばこが吸いたいんだ」
「ここで吸って」
二人は一時も離れたくなくて、病床の菜穂子は結婚したばかりの夫・二郎の手を握ったまま離さない。菜穂子が病に伏せる布団を敷いた二人の狭い居間には文机が置いてあり、二郎は机に向かってせっせと右手で飛行機の図面を描きながら左手で菜穂子の細い手を握っている。切なくも愛らしいこの場面が一番好きだ。結核患者である菜穂子は、自分たちに時間がないことを知っている。
「声優」庵野英明の棒読みセリフが訥々として、いい雰囲気。これには当然賛否両論があろうが、わたしは好ましいと思えた。
「ぼくたちには時間がありません」
時間のない二人が刹那に燃え上がり、いつでも一緒に居たいと切望する、その激しくも悲しい思いに、観客の心も涙でいっぱいになる。
絵の質の高さや、アニメとしての出来の良さを称賛する声も多い一方で、その内容に異議を申し立てる人たちも多い。戦争責任を直視していない宮崎駿のこの映画は反戦でもなんでもない、云々と。
いいんじゃないの、そんなことを描きたいわけではなかったろう。もう老境の作家が自分の描きたいものを描いたのだから、それで商業作品として成り立つなら、これほど本望なことはなかろう。飛行機が大好きな巨匠が、思い切り妄想を膨らませた夢のような夢、ファンタジーを描き切ったのだから、そこには余人が批判を口挟むことなど意に介さない決意があるだろう。黒沢明も晩年に「夢」という愚作/傑作を作って、思い切りわがままぶりを見せたではないか。
菜穂子と二郎のラブシーンはほんとうに美しくて純朴で、見ているほうが恥ずかしくなるほどだった。宮崎アニメ初のラブシーンらしい。監督が絵コンテでキスシーンを描くときに、何度も何度も描き直したという苦労話も伝わっている。監督が自分でも恥ずかしいと思いながら描いたラブシーンだから、見ているほうが恥ずかしいのも当然なのだ(笑)。
わたしはもっと飛行シーンが多いと期待していたのだが、さほどでもなく、風の谷のナウシカで初めて知った飛翔感の素晴らしさがここではあまり感じられなかったので、多少点数が辛目。
126分、日本、2013
監督・脚本: 宮崎駿、プロデューサー: 鈴木敏夫、音楽: 久石譲
声の出演: 庵野秀明、瀧本美織、西島秀俊、西村雅彦、スティーブン・アルパート、風間杜夫、竹下景子、志田未来、國村隼、大竹しのぶ、野村萬斎