吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ザ・ロード

 全編ただならぬ暗さ。人類が滅亡の危機に瀕している原因は核戦争なのか天変地異なのか疫病なのか、まったく明らかにされないけれど、昼なお暗く、まるで「核の冬」(核戦争により地球上に大規模環境変動が起き、人為的に氷期が発生する、というもの。核兵器の使用に伴う爆発そのものや広範囲の延焼によって巻き上げられた灰や煙などの浮遊する微粒子により、日光が遮られた結果発生するとされる――ウィキペディアより)がやってきたような寒々とした光景が広がる。太陽の恩寵はすべて失われた。世界は廃墟と化し、人々は飢えて、食糧のために人間狩りをする輩まで現れる。そんな終末の世界を父と子がさすらう。

 「モールス」の主役コディ・スミット=マクフィーつながりで見たけれど、「モールス」出演以前のもう少し幼い彼は、一度も笑うことのない暗くて薄汚れた役を淡々とこなしている。「ツリー・オブ・ライフ」のテーマとも繋がるものを感じる。脈々と繋いできた40億年の生命の連鎖が断たれようとする時、父と息子は葛藤を抱えながらも寄り添う。

 これは、極限の世界にあってなお倫理は可能なのかを問う物語だ。絶望した者は自殺し、生き残ろうとする者は他者を押しのけ、わが身だけを守る。そんな中でまだ少年の息子は必死になって正義を守ろうとする。だがそれは子どもらしい正義感であって、父はそのすべてを聞き入れるわけにはいかない。なによりも息子の命を守らねばならないのだから。父はどうやら医者らしいが、もはやその知性も技術も生かせるような状況ではない。

 この映画は3.11の前に見るか後で見るかで随分受け止め方が変わるような映画だ。今となっては、3.11の事態を否が応でも思い出させるような廃墟が映し出される。しかし3.11と決定的に違うのは、この震災では待っていれば必ず助けが来るという信頼が生きているということ。人肉を食らうような事態にはならない。無政府状態でもない。無政府というのは今の状況と同じだと皮肉に言う人もいるかもしれないが、権力が存在しないというのは決していいことではないのかもしれない。人々が善意と助け合いの心で自治を遂行できるような状態は、実は権力がそこに介在しているといえるのではないだろうか。「権力」を抑圧的なものとだけ理解すれば、それはないほうがいいに決まっている。しかし、「権力」が正しい分配、正しい保護を請け負うならそれは必要かもしれない。と同時に、「自治」が何よりも生きていなければその権力は暴走し、人々は衆愚と化す。

 いや、そんな理屈は見終わってから考えたことであって、映画を見ている間はひたすら悲惨さにうんざりしていたのだ。希望はかすかにあるようでないようで、でもきっとどこかにあるのだろう。悲惨だけれど、そこに人としての理性の葛藤がある限り、人間は生きていける。生きていく希望がある。(レンタルDVD)

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THE ROAD
112分、アメリカ、2009
監督:ジョン・ヒルコート、製作:ニック・ウェクスラーほか、製作総指揮:トッド・ワグナーほか、原作:コーマック・マッカーシー、脚本:ジョー・ペンホール、音楽:ニック・ケイヴウォーレン・エリス
出演:ヴィゴ・モーテンセン、コディ・スミット=マクフィー、ロバート・デュヴァルガイ・ピアースシャーリーズ・セロン