吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

カイロの紫のバラ

 ウッディ・アレン監督が選ぶ自作ベスト6は以下の通り。
▽「カメレオンマン」(83)
▽「カイロの紫のバラ」(85)
▽「夫たち、妻たち」(92)
▽「ブロードウェイと銃弾」(94)
▽「マッチポイント」(05)
▽「それでも恋するバルセロナ」(08)


 この6作の中に入っている本作を、25年ぶりに再見。この映画は封切りのときに劇場に行った覚えがある。満員で立ち見だったので、途中でしんどくなって出てしまったようなうっすらとした記憶が残っている。スクリーンから役者が飛び出してくるところあたりまでしか見ていないと思う。 

 して、今回はDVDで再鑑賞。

 これはもう、映画ファンを喜ばせるためだけに作られた映画。映画ファンの欲望を実現し、彼女の灰色の世界をバラ色に変える物語。なにしろ、時は1930年のアメリカという世界大恐慌後の大不況まっただなか。夫には毎日暴力をふるわれるが、女一人では生きていけず、家出してもすぐ舞い戻り、またもや恐怖と屈辱の日々。そんな情けなくも悲しい毎日を過ごすわがヒロインは、華奢で垢抜けないミア・ファロー演じるセシリア。既に若くないセシリアが毎日せっせと通う映画館のスクリーンから、ある日突然ハンサムな役者が飛び出して来てしまった。「やあ、君、毎日見に来ているね」と声をかけながら。なんという驚き、なんという幸せ。「毎日きみを見ているうちに恋してしまったよ」なんてね!!
 という驚きの奇想天外コメディ。役者が抜けてしまった映画のなかでは、登場人物たちが右往左往しているし、演じた役者は「自分が演じた役の男が勝手に外の世界を歩き回って、もしも婦女暴行などしたらどうしてくれよう?!」とやきもきする。

 しかしそんな周りの大騒ぎはどこ吹く風の二人は楽しいデートを繰り返し、現実世界と映画の世界を混同する珍道中を繰り広げる。

 これ、コメディだから笑えるけど、一歩間違えたらオカルトですよ。画面から人が出てきたり、人間が映画の中に取り込まれたり。こういうの、ホラー映画になかったっけ? ま、それだけ映画ファンの欲望というのは常軌を逸しているというか、現実とスクリーンの区別がつかないというか、現実逃避の夢を見るのものであるというか……。

 ああ、もうずっと映画の中の世界にいたい。下品で横暴な夫とは別れ、優しい彼と手に手を取ってこのまま映画の世界で暮らしていたい……こんなにストレートに映画ファンの欲望を満たしてしまって、では満たされたあとの人間はもはや空っぽではないのか? 映画なんて所詮は現実を変える力なんてもっていない。そのことをウディ・アレンは強烈な皮肉を込めて作ったのだ。そう、映画で夢を見るのはいい、けれど、夢の結末は現実と向き合うことで片をつけなきゃね。

 この映画で面白いところは、ふつう、映画の中の登場人物は観客に見られるだけの一方通行なのだが、実は映画の人物たちも観客を眺めていたのだ、という設定。スクリーンから観客席に向かって「おだまり」なんて睨みをきかす伯爵夫人(だったっけ)の貫禄とすごみなんて、拍手喝采の爆笑もの。見る−見られる関係の鮮やかな逆転は見事だ。これはウディ・アレン自身の強迫観念が発想のヒントになっているのではなかろうか。いつも誰かに見られているという彼の緊張感が生んだストーリーでは?

 ダイアン・ウィーストが疲れた娼婦役で出てきて、なかなかいい味を出しています。(レンタルDVD)

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THE PURPLE ROSE OF CAIRO
82分、アメリカ、1985
監督・脚本:ウディ・アレン、製作: ロバート・グリーンハットほか、音楽: ディック・ハイマン
出演: ミア・ファロージェフ・ダニエルズダニー・アイエロ、エドワード・ハーマン、ダイアン・ウィースト