吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

スリー・ビルボード

 もうすぐビデオリリースされるので、ぜひおすすめの一作を。今年は映画豊作年で、ナンバーワンと思う作品がすでに4作もあるよ! うれしいねー。

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 娘をレイプされ殺された母親が、捜査が進展しないことに業を煮やして国道沿いに3枚の看板(ビルボード)を出した。それは警察署長を名指しで批判するものだっただけに、田舎町に大きな波紋を投げかける。

  犯人への怒り、警察への怒り、娘へのやりきれない悲しみと自責の念、さまざまな複雑な感情を見事に演じきったフランシス・マクドーマンドの演技が絶賛に値する。そして彼女に負けず劣らず強烈な印象を残したのが、瞬間湯沸かし器のような暴力警官を演じたサム・ロックウェルだ。
 この作品に流れているものは「怒り」。誰もが怒り、暴力をふるい、人を脅し、傷つける。やがて被害者が加害者になり、加害者が被害者になり、ことの善悪が簡単には判断がつかない展開になる。そして怒りと悲しみ一色に彩られていた人々の心に、ある事件をきっかけに変化が訪れる。
 話がどう転がるのか全然予測がつかないだけに、この映画は事前情報なしで見るのがお薦め。見終わった後に、必ず誰かと語り合いたくなる映画だ。
 物語の先が読めない理由は、登場人物たちが大きな感情に揺さぶられて動くからだ。理知的な行動をとる人間が皆無で、その場その場の感情の揺れ動くままに次の一手を打ってしまうために、観客は肩透かしをくらう。と同時に、いい意味でも裏切られていく。社会的差別はさまざまに偏在し、被害・加害と差別・被差別を複雑に編み込んでいく。
 理知的な行動をとる人間がいないと書いたが、それを描く脚本は実に理知的だ。人というものを一つの枠に当てはめたりしない人間観が素晴らしい。
 ラストシーン、新たな「共犯者」たちの行方を占うロードムービーがもう一本作れそうだ。2時間があっという間の、練り込まれた脚本に脱帽。

THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI
116分、イギリス/アメリカ、その2017
監督・脚本:マーティン・マクドナー、製作:グレアム・ブロードベントほか、撮影:ベン・デイヴィス、音楽:カーター・バーウェル
出演:フランシス・マクドーマンドウディ・ハレルソンサム・ロックウェルアビー・コーニッシュジョン・ホークス