9.11テロをめぐる映画はいくつも作られたが、本作のように被害者7000人に政府が犠牲者補償金を払っていたという話は初めて知った。しかもその理由が、「ハイジャックに遭った航空会社が訴えられたら、訴訟だらけになって大混乱する」ということなのだから、いかにも訴訟社会アメリカの実態を反映している。というか、結局のところ税金で航空会社を救ったわけですな。
映画は、その補償金の業務をボランティアで引き受けた弁護士ケン・ファインバーグ法律事務所のチームの奮闘を描く。名前を見てもわかるように、ケン・ファインバーグはユダヤ人である。ユダヤ人に典型的な職業である弁護士稼業をしている彼の事務所は大きく、スタッフも多い。なんでこの仕事をボランティアで引き受けたのか不思議に思うのだが、それが可能なほど普段から儲けているということなのだろうか。
しかし、いざ補償金の算定のための計算を始めた途端にいくつもの難問が立ちはだかる。遺族たちが納得しないのだ。一定の金額を示せば貧困層は喜び、富裕層は怒る。アメリカの格差社会の実態が数字に表れる悲しさよ。年収2万ドル、皿洗い、子どもが3人。かと思えば、年収75000ドル、企業の役員。彼らの間に横たわる収入の大きな差が一つの問題であり、さらに、愛する人の命を数字で表されることに違和感や怒りをぶちまける人々もいる。
最も強くケンの前に立ちはだかった遺族は、とあるベテラン弁護士だった。彼はwebサイトまで立ち上げて、基金のやり方に反対した。賛同者を増やしていくその彼をどうすれば説得できるのか?
多くの遺族の語りが涙を誘う。とりわけ、消防士の妻は幼い子どもたちを抱えてこれからどうやって暮らしていくのだろう? しかし彼女は涙ながらに夫への敬愛を語り、お金は要らないと突っぱねる。彼女のエピソードが強く心に残るのは、その愛情物語の裏に隠されたものがやがて露呈していくからだ。ここは涙なしには見られない場面だった。
実話だけに、かっちりした作りで話は進む。役者たちの演技が素晴らしく、特に主演のマイケル・キートンと、彼に対峙する弁護士を演じたスタンリートゥッチとのかけあいは緊迫感を生んでいる。ただし、途中でちょっとだれてきて、わたしはうっかり寝てしまったので、この事業がどうしてうまくいったのか肝心なところがよくわからなかった(いつものことや!)。(レンタルDVD)
2019
WORTH
アメリカ Color 118分
監督:サラ・コランジェロ
製作:マックス・ボレンスタイン
脚本:マックス・ボレンスタイン
撮影:ペペ・アヴィラ・デル・ピノ
音楽:ニコ・ムーリー
出演:マイケル・キートン、スタンリー・トゥッチ、エイミー・ライアン、テイト・ドノヴァン