吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

黄金のアデーレ

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 今年が戦後70年という節目に当たる年だからだろう、この手の「ナチスの犯罪を糾弾する映画」が何作も公開されている。その中でも群を抜いてこの作品は面白い。それは、この映画が現在から過去を照射するものであるからだ。映画の中の時制が現在(といっても1990年代)であり、過去をその地点から振り返るという設定なので、わたしたちは現代史として過去を共有することになる。

 アメリカ西海岸に住む82歳のユダヤ人女性がオーストリア政府を相手に訴訟し、21世紀になって名画「黄金のアデーレ」を取り戻したという驚くべき事実を、わたしはこの映画を見るまで知らなかった。主人公マリア・アルトマンは第2次世界大戦直前にオーストリアからアメリカに亡命したユダヤ人だ。マリアの叔父はかつてクリムトに依頼して、妻アデーレの肖像を描かせた。アデーレは若くして亡くなり、絵が遺された。全財産をナチスに奪われたマリアにとって、故郷と家族に繋がる遺品はその絵しかなかったのである。

 オーストリアにとって国民的財産と思われる名画「黄金のアデーレ」は、元々そのモデルの自宅居間に飾られていた私的なものである。ナチスが強奪したことによってその絵は結果的に国立美術館に展示されることになった。これは何を意味するのだろうか?

 かつて美術作品は王侯貴族のものだった。それが近代になって国家の所有物となり、美術館に移管され、市民に公開されるようになった。現在でも、裕福なコレクターが集めた作品が美術館に寄贈されて「●●コレクション」と称されることも多いし、個人や法人のコレクションがそのまま美術館になることもよくある。芸術作品が一個人や一私企業の独占物ではなく、市民に開かれたものとなったことは良いことだ。しかし、この映画のように「ほかの人には国民的名画でも、わたしには叔母の唯一の遺品だ」と訴えるマリアの存在を知って、わたしは考え込んでしまった。個人と国家の争いならば個人に味方したいわたしとしては、当然にもマリアに肩入れする。しかし、大金持ちが描かせた絵を誰もが見られるようになったのだから、オーストリアに置いておく方がいいのでは、という気持ちも沸いてきて、気持ちが揺れる。結果的にマリアは一般公開することを条件に、取り戻した絵をユダヤ人富豪ロナルド・ローダーに売却し、絵は現在ニューヨークのノイエ・ギャラリーに展示されている。

 この映画の見どころはいくつかある。
 まず、これはアーカイブズ映画である。アデーレの遺言状を探すために主人公たるマリアとその弁護士はベルベデーレ美術館の資料室(アーカイブズ)を調べることになる。しかしこれは相変わらず、「アーカイブズとは古い文書を大量にため込んでいて、そこで記録を探りあてるのは至難の技と思われる場所」として描かれている。もう21世紀近い時代を描いているのに、相変わらずそういう扱いなのだろうか。実際にはきっとPCで検索したに違いないのに。そうでなければ、あれほどの文書記録からそうそう早く必要な記録が見つかるはずがない。 
 見どころの二つ目は、新米弁護士ランドル・シェーンベルクの成長ぶりだ。彼はかの大作曲家アルノルト・シェーンベルクの孫であるが、今は多額の奨学金の返済に窮する貧乏な新米弁護士である。彼が金目当てにしぶしぶ絵画返還訴訟に着手するのはよくわかる事情だ。アメリカの高額な奨学金は学生たちにとって大きな負担であり、彼らはその投資を取り戻すために金の亡者になる。アルノルト・シェーベルクもやはりナチスの迫害を逃れてウィーンからアメリカに亡命しているので、ランドルにとってはオーストリアは父祖の地である。
当初、絵画の価格を知って成功報酬に目がくらんだランドルであったが、マリアとともにオーストリアに行き、ユダヤ人慰霊碑を見て衝撃を受けてからは、考え方を変える。彼にとってもこの裁判はホロコーストの被害者であった一族の鎮魂の意味があったのだ。この場面は感動的だ。生活に窮しながら裁判を続けるランドルの姿に熱いものがこみ上げる。
 そして見どころの三つめは、オーストリアユダヤ人上流階級の生活が再現される回想シーンであり、オーストリア行きを渋ったマリアのトラウマとその回復である。オーストリアロケが素晴らしいので、映画館の大スクリーンで見てほしいところ。

WOMAN IN GOLD
109分、アメリカ/イギリス、2015 
監督: サイモン・カーティス、製作: デヴィッド・M・トンプソン、クリス・サイキエル、脚本: アレクシ・ケイ・キャンベル、音楽: マーティン・フィップス、ハンス・ジマー
出演: ヘレン・ミレンライアン・レイノルズダニエル・ブリュールケイティ・ホームズ、タチアナ・マズラニー、マックス・アイアンズ