テレビで会えない芸人
鹿児島放送のテレビドキュメンタリーが元になっている作品。なんで鹿児島?と思ったら、松元ヒロの出身地だった。しかしテレビに出ない(出られない)芸人の芸を撮影してもテレビで放送できないやんか!(笑)。というわけで、映画になったのであった。元のテレビ番組は様々な賞を受賞した優秀作である。そこにさらに映像を追加して劇場版ができた。
松本ヒロは1952年生まれで、陸上選手として名を馳せたため、スポーツ推薦で法政大学に入学したが、陸上を止めてしまった。パントマイムが得意でその道で食べていこうとし、ネタを仕込み続けた。1989年に結成した「ザ・ニュースペーパー」が人気を博したが、98年に独立してソロとなった。以来20年以上、テレビに出ないが舞台のチケットは完売するという人気芸人としてピン立ちしている。
松本ヒロのしゃべくりネタは時事ネタ・政治ネタ・映画ネタがあり、いずれも立て板に水の如くにしゃべり倒し、観客を笑いの渦に巻き込む。そりゃまあ、テレビで放送したら「事故」ものだわな、天皇制批判、権力批判が満載。放送局が二の足を踏むのもやむを得ないのか、それとも放送局は意気地なしなのか。この映画の監督たちは一過性のものとして流れて消えてしまう舞台芸をなんとか固着させて残したいと考えた。そして松元ヒロを追いかけ、私生活や舞台を記録していく。
本作で出番はほとんどないのに絶大な存在感を示すのが松元ヒロの妻、俊子さん。松元は彼女が作るおにぎりが大好物で、舞台裏で練習場でいつも食べている。この妻がなかなかシャキシャキした方で、好感度高し。松元の練習にも付き合う。舞台であれほど饒舌なのに、練習中には台詞を間違えたり詰まったりしている松元の姿が意外な感じがするのだが、いざステージに立つとものすごいオーラが発せられている。さすがは芸人だ。
社会風刺や政治批判だけではなく、映画「こんな夜更けにバナナかよ」をネタにした話芸もなかなか感動的だ。もう一つの持ちネタは「憲法くん」。自身を日本国憲法に見立てて、その自分が最近リストラに遭いそうになっている、と危機を語る。滔々と朗読される日本国憲法前文には涙が出そうだ。
小さな映画だけれど、とても面白い。もっと見ていたいと思いながら終わってしまってそれが残念。この人がテレビに出られないのを、「仕方ないね、こんな過激な芸じゃ」とか「まあテレビ局としても苦しいところやねえ」などど妙に物分かりよく納得してしまうのが怖い。そのうちいつか来た道がくるかもしれないやんか。
2021
日本 Color 81分
監督:四元良隆、牧祐樹
プロデューサー:阿武野勝彦
撮影:鈴木哉雄
音楽:吉俣良
出演:松元ヒロ