ボビー・フィッシャー、なんとなくその名は聞いたことがある、という事実に途中で気づいた。そう、彼はチェスの天才で、アメリカ人初の世界チャンピオンになった男だ。天才の名をほしいままにした変人奇人である。
映画は、ボビーの少年時代から、世界チャンピオンになるまでを描く。クライマックスはソ連が独占し続けていた世界チャンピオンの座を奪った、アイスランドでの試合だ。時は1972年、東西冷戦のさなかに、米ソの代理戦争のように国の威信を賭けて試合に臨まされたボビーの苛立ちと狂気が極限に達していた。
ボビーはこんな人間がそばにいたら絶対に友達になりたくないタイプその1という人物で、我儘、癇癪持ち、神経質が服を着て歩いている。でもチェスの天才だから、彼のコーチ役の神父ビルは懸命になだめすかす。この神父のキャラがよかった。ピーター・サースガードの演技も絶妙。ボビーの対戦相手のロシア人ボリス・スパスキーも大変よい人柄で、忍耐強く素晴らしかったが、ボビーに影響されたのか、だんだん言動がおかしくなっていくところがぞっとした。
将棋も囲碁もチェスも知らないわたしでも面白く見ることができたので、やはりズウィック監督の手腕はなかなかのものだ。しかし主役にまったく魅力がないから見ていてつらかった。彼の内面にどこか少しでも共感できるものがあればいいのだけれど、まったくない。
それにしても、妄想というのも時代を反映するのだと改めて感じ入った。冷戦当時は彼の妄想の相手はソ連の監視・盗聴・陰謀だったのだが、今なら何が強迫観念のもとになるのだろう。(レンタルDVD)
PAWN SACRIFICE
115分、アメリカ、2015
監督:エドワード・ズウィック、製作:ゲイル・カッツ、トビー・マグワイア、エドワード・ズウィック、脚本:スティーヴン・ナイト、音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:トビー・マグワイア、ピーター・サースガード、リーヴ・シュレイバー、マイケル・スタールバーグ、リリー・レーブ、ロビン・ワイガート