吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

カールじいさんの空飛ぶ家

 巻頭10数分のすばらしさ! この巻頭10分は歴史に残る名作です。幼い二人が出会ってやがて結婚し、老いて妻が先に亡くなる。この何十年もの二人のふれあいを10分で描き、しかも泣かせるこのテクニックはただものではありません。

 ところが、妻に先立たれたカールじいさんが家に風船をつけて空に旅立つところから突然アクション映画に変わってしまう。亡妻の思い出がときとしてよみがえるけれど、そこが映画の本筋に大きな影響を及ぼすことがないのは残念。しかし、亡妻の思い出ばかり何度も登場させればそればズブズブのお涙頂戴ものになってしまう。この映画はそこを抑えたのがよかったのかもしれない。


 少年と老人の大冒険なんて、社会的弱者でしかないと思われている二人、しかも男どうしの冒険、これは時代状況を微妙に反映していて興味深い。夫に先立たれた妻は元気になるが逆だと落ち込むというのは日本の場合よく聞く話。アメリカではどうなのかよく知らないが、妻に死なれてひとりぼっちになった老人が、大切な家まで取り上げられそうになったとき、家ごと出奔してしまう、しかもそこに偶然通りかかった男の子まで連れて――というストーリーにはアメリカの事情が反映しているのだろう。本作は男の復権物語であり、男同士の自助努力の話ともいえる。そして男の敵がやっぱり男で。この映画の主要な登場人物は全部男だ。最近のディズニーではこういうのは珍しいかも。少年がアジア系とおぼしきところはエスニスティ分布に配慮しているのだろう。キャラクター設定は「グラントリノ」にも似て。


 というようなことはともかくとして、風船をつけた家がほんとうに空など飛べるのかもともかくとして、カールじいさんが目指すのは、亡妻と一緒に行くはずだった南アメリカの秘境の滝。意外に滝近くまでたどりつくのにさほどの困難はない。いよいよ冒険が始まるのは秘境に到達してからである。特典映像によれば、この場面のためにスタッフたちは南米ロケを強行し、かなりの困難の果てに絵コンテを描くことができたという。テーブルマウンテンのような平べったい山の雄大さは絶景。 

 この山もしくは高地を舞台にカールと少年が大冒険を繰り広げるが、詳しくは書かない。言葉をしゃべる犬が登場したり、かなりSFっぽいアニメだ。名誉欲の亡者となった老人との対決も見ものである。無欲で頑固なカールが、ただ亡妻との約束を果たすためだけに命がけの冒険を慣行する姿と、野心に取り付かれた男が世間を見返すためだけに醜い執念を燃やす姿を対比させる。「男としてエライのはどっちだ?」という明確なメッセージがこめられている。

 涙あり、笑いあり、冒険ありの、これぞアニメという素晴らしい絵と物語を堪能できる。お奨め作です。(レンタルDVD)

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UP
103分、アメリカ、2009
監督: ピート・ドクター、共同監督: ボブ・ピーターソン、製作: ジョナス・リヴェラ、脚本: ボブ・ピーターソン、ピート・ドクター、音楽: マイケル・ジアッキノ
声の出演: エドワード・アズナー、ジョーダン・ナガイ、ボブ・ピーターソン、クリストファー・プラマー