吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

存在の耐えられない軽さ

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 公開当時に見たときにはこの作品にあまり良い感じを持たなかった。トマシュが単なる女たらしにしか見えなかったからだろう。最近になって原作を読み、随分違う印象を受けた。トマシュとテレーザだけの物語ではなく、サビーナとその愛人フランツの物語も大きな部分を占めていたのだ。それに、原作のほうが政治劇の雰囲気が強い。トマシュにしてもかなり意志の強い男のように感じた。
 今般、DVDで再見すると、原作よりもかなりエロティックな雰囲気になっているので驚いてしまった。こういう話だったのか…! なんだか格調高い文学作品が女性の裸を売り物にする映画になってしまったような気がする。この映画の女性達は脱ぎっぷりがいい。それに皆素晴らしく背中の線とお尻が美しい。
 ただ、やはりこの映画は原作がもつ厳粛さや幻想性を失っていると思う。映画と原作は全然別物だ。どちらかを選べと言われたら原作の方をお奨めしたい。ただし、映画は女優達の魅力で持っているのでそれなりに見応えのある作品になってはいるし、ラストシーンは映画のほうが余韻があってよい。
 どうしてもこの作品をコメントするのに原作を離れることができないのがやっかいだ。
 この作品のジュリエットはとても愛らしい。確か、彼女はこの映画でブレイクしたのではないかしら。トマシュの愛人サビーナ役、レナ・オリンも美しい。彼女は目に力のある女優だ。
 遅ればせながらストーリーについて少しだけふれると、これは1968年、プラハの春を背景に、一組の夫婦の複雑な愛の軌跡を描いている作品。反体制知識人たる医者トマシュとその妻とのエロティックなお話。トマシュは反体制知識人という堅物っぽくは描かれていない、単なる女たらしの浮気者ともとれる。このあたり、原作とは多少イメージが異なっている。(レンタルDVD)

THE UNBEARABLE LIGHTNESS OF BEING
アメリカ、1988年、上映時間 173分
監督: フィリップ・カウフマン、製作: ソウル・ゼインツ、製作総指揮: ベルティル・オルソン、原作: ミラン・クンデラ、脚本: ジャン=クロード・カリエールフィリップ・カウフマン、撮影: スヴェン・ニクヴィスト、音楽: レオシュ・ヤナーチェク
出演: ダニエル・デイ=ルイスジュリエット・ビノシュレナ・オリン