本作は、大ヒット作「アメリ」の監督と主演女優が再びタッグを組んだ作品だ。世評は高いが、わたしは「アメリ」はさほどよいと思わなかった。この映画も「アメリ」のような演出が施されていて、スピーディでコミカルな映像タッチで物語がぐいぐい進む。第一次世界大戦の悲惨な場面がリアルに迫ってくるというのに、戦死した恋人の消息を尋ねる主人公の現在の場面はユーモラスですらある。このような演出を施した戦争映画も珍しい。
第一次世界大戦といえば塹壕戦を思い浮かべるのは「西部戦線異状なし」の影響だろうか、本作もまた塹壕戦の悲惨さが吐き気を催すほどに描かれている。目の前で爆死した兵士の肉片が自分の体にへばりつき口の中にまで飛び込んでくる恐怖と気持ちの悪さ、次々に人形のように倒れていく兵士たち、泥まみれになり寒さに震えて厭戦気分は嫌がおうにも高まる。そんな彼らは自傷事故を起こしてなんとか戦線を離脱しようとするのだが、自傷がばれれば見せしめに死刑になるのだ。
いま、理不尽にも死刑を宣告された5人の兵士たちが塹壕の中を土砂降りの雨にぬれながら引き立てられて行く。その中にはまだ17歳のマネクも含まれていた。彼にはふるさとに婚約者マチルドが待っているのだ。死の恐怖から精神に異常をきたし始めているマネクは、「これでマチルダに会える」と嬉しそうに言う。そしてドイツ軍の猛攻が迫っていた……
大戦後、マネクの恋人マチルダは彼の死が信じられず、真相究明に乗り出す。探偵を雇い弁護士を使い、親の遺産を使い果たす勢いで彼女は次々と関係者を探り当て証言を拾い集める。その過程がミステリアスで、映画に釣り込まれていく。登場人物が多くて相関図がわかりにくいのが難点だが、一見、マネクの死に無関係に思われるそうな挿話が一つ一つ秀逸だ。戦時下での利己主義や恐怖、厭戦、怠惰、嫉妬、そういった負の物語がリアルに迫ってくる。
マネクとマチルダの幼い日々の明るい映像、愛し合うようになった若い二人の初々しさ、美しい草原、そのようなきれいな画面と一転して地獄の戦場とが交互に描かれる。観客は息を呑んでその二つの舞台を凝視するだろう。
黄色っぽく着色されたセピア調の画面の質感が柔らかく、美しい。そして驚くべきことに、一つ一つの画面の情報量がすごく多い。やたらたくさんの物が映っているのだ。壁に掛かった絵や生活雑貨、皿の上の食べ物、兵舎の乱雑で饐えた臭いまで漂ってきそうな汚さ、といった屋内から、ロングの俯瞰で見たパリの大通りまで、画像の懲り方はひとしおではない。そして田園風景の美しさは印象派の絵画を見ているようだ。麦畑(だと思ってみていたが、監督の音声解説では麻畑)の穂が風にさぁっとたなびく印象的なシーンはタルコフスキー監督の「鏡」を思い出させる。やはりジュネ監督はタルコフスキーへのオマージュとしてこの場面を撮影したという(風はヘリコプターで起こした)。この映画は映像的にはなんら文句のない出来だ。
ジョディ・フォスターがフランス人役で出てくるのにはびっくり。ジョディを映画で久しぶりに見た。彼女のフランス語って訛ってないのだろうか? 何かにじっと耐えているようなきつい表情が似合う女優だが、笑顔は若い頃のようなギスギス感が消えて柔らかい。彼女が登場するエピソードはとても印象深い。ついでにちょっとR-15。
本作は、戦争の悲惨と愛の一途さを、陰惨な映像ではなく美しくスタイリッシュかつコミカルな映像で描いた素晴らしい作品だ。
DVD特典映像に監督による音声解説がついている。これまたおもしろくてつい引き込まれて見てしまうが、時間がなくてほんの10数分だけ見ただけなのが残念。これからご覧になるかたはこちらのほうもぜひお奨めしたい。(レンタルDVD)
UN LONG DIMANCHE DE FIANCAILLES
制作年 : 2004
上映時間:134分
制作国:フランス
監督: ジャン=ピエール・ジュネ
製作総指揮: ビル・ガーバー、ジャン=ルイ・モンチュー
原作: セバスチャン・ジャプリゾ 『長い日曜日』
脚本: ジャン=ピエール・ジュネ、ギョーム・ローラン
音楽: アンジェロ・バダラメンティ出演: オドレイ・トトゥ
ギャスパー・ウリエル
ジャン=ピエール・ベッケル
ドミニク・ベテンフェルド
クロヴィス・コルニヤック
マリオン・コティヤール
ジャン=ピエール・ダルッサン
ジュリー・ドパルデュー
アンドレ・デュソリエ
ティッキー・オルガド
ジェローム・キルシャー
ドニ・ラヴァン
ジョディ・フォスター