119分
2017監督 サリー・ウェインライト
主演 ジョナサン・プライス, フィン・アトキンス, チャーリー・マーフィ
助演俳優 アダム・ナガイティス, クロエ・ピリー
提供 BBC Studios
THE GUILTY/ギルティ
画面に登場する主要人物は主人公の警官たった一人。場面は警察署のコールセンターのみ。これほど金のかかっていない映画も珍しいだろう。舞台劇でも再現可能な物語だ。それでも、これほど緊迫感に溢れる映画が作れるということにまずは感動した。そして、なぜ本作のタイトルが”GUILTY”なのか、それも "the" がついている、そのことに思い至った衝撃のラストシーン。これほど見事な脚本と演出の映画も珍しい。まずは喝采を送りたい。
さて物語は。
主人公のアスガーは、警察の緊急ダイヤル専用オペレーター。現場に一刻も早く戻りたい彼にすれば退屈な仕事だ。酔っ払いが転倒したとか、売春婦にパソコンを盗まれたとか、彼にしてみればどうでもいいような電話ばかりかかってくる。このアスガーを演じたヤコブ・セーダーグレンがわたしの大好きなケヴィン・コスナーによく似たイケメンなので、見ているだけで飽きない。ほとんど彼のアップばかりが映るんだから、これでもしも自分の好みと違う俳優が出てきたらもう悲劇だ。せっかくの素晴らしい作品が台無しになるではないか! でもこの映画はハリウッドがジェイク・ギレンホール主演でリメイクするんだそう。これはたまりません、あの顔を90分アップで見続けるなんて拷問だ。
それはさておき、アスガーが受け取った一通の緊急電話がどうやら誘拐事件らしいことがわかり、俄然、画面は緊迫感を帯びていく。機転を利かせたアスガーは、誘拐された女性に適切なアドバイスを繰り返す。
そうこうするうちに、「明日は大切な日だから」と同僚や上司に言われ続けるアスガーは、どうやらなにかの事件を抱えているらしいことが徐々にわかってくる。彼はその事件がらみで左遷されていること。あしたの公判をうまくしのげればあとは現場復帰がかなうということ。さまざまなアスガーの状況が明らかになる。
そのいっぽうで、本編たる誘拐事件は刻一刻と油断ならない展開を見せる。ワンカットではないけれど、事件の進行と画面上の時間はほぼ同じだ。電話が途切れて沈黙が続く時間もじっと観客はアスガーとともに耐えねばならない。
アスガー以外に登場する人物たちは電話を通してその姿を想像するしかないため、この映画では音が非常に重要な要素を占める。誘拐された女性の6歳の娘が電話口で泣きじゃくる様はまさに鬼気迫る。信じられないぐらいの演技力に驚くしかない。その他、雨音やドアを閉める音、靴音、さまざまな音が電話越しに聞こえてくる。この音の効果が素晴らしい。
人は正しいことをすれば気持ちがいい。適切な判断のもとに適切な助言をし、それが事件の解決に向かえばなによりだ。そのことに誇りを感じるだろう。しかし、その「適切な判断」が間違っていたら? 正義と不正のはざまにいることがやがて明らかになる警官アスガーは、自らの罪と向き合うことになる。そこに至る脚本の見事さに脱帽。
ラスト、彼がかけた電話の相手は誰だろう? 見ごたえのある一作。お薦め。
シンプル・フェイバー
シンプル・フェイバー、つまり「ささやかな頼み事」。この映画ではそれが「ちょっと、うちの子のお迎えを頼める?」というもの。しかしそれがきっかけでとんでもない事件へと発展する。
シンプルフェイバー(2018)
A SIMPLE FAVOR
グリーンブック
早くも今年のナンバー1が決まり!という感じ。やっぱりわたしは音楽映画が好きなんだと実感した作品でありました。
1962年のニューヨーク、イタリア系移民のトニー・ヴァレロンガはナイトクラブで用心棒を務めていたが、店が改装のため休業になる8週間、黒人ピアニストの"ドクター"・ドナルド・シャーリーの運転手兼ボディガードに雇われることになった。黒人を差別していたトニーだが、ドン(ドナルド)・シャーリーの天才的な音楽に感動し、またその品格に触れていくことによって徐々にドンとの距離を縮めていく。公民権法が成立していないこの時代にあえて南部を回るという「暴挙」ともいえる旅に出たシャーリーを案内していくのもトニーの役目だ。彼は『グリーンブック』という黒人専用施設の情報が載っているガイドブックを頼りにドンと共に旅を続けるうちに、Deepサウスの人種差別のひどさに直面することとなる。
本作は典型的なジャンル映画だ。バディもの、ロードムービー、そして大人のビルディングズロマン。さらに典型的な予定調和の物語。実話を基にしているだけに奇抜なストーリー展開もないし、奇をてらったような演出もない。実に素直な作品で、優れた脚本と優れた役者、素晴らしい音楽のおかげでアカデミー賞作品賞を獲った。作品と俳優と脚本と編集はノミネートされたのに監督はノミネートされていないというかわいそうな映画ではあるが、実にすがすがしい気持ちになれる、観てよかったと思える後味のよい作品だ。
物語の最初と最後では主人公たちは変化し、成長している。そのことがとても好ましい。無自覚な差別者だったトニーがドンの孤独と苦しみを知って変わっていく。上流階級の暮らしに慣れた天才ピアニストのドンがどれほどの孤独と引き裂かれた思いに耐えていたのか、彼のかたくなな心を溶かしていったのはトニーの天真爛漫で陽気な気質、武骨だけれど暖かな人柄だった。何よりも、トニーはドンを尊敬していた。
役のために20キロ太ったヴィゴ・モーテンセンの面影もないほどの変身ぶりに驚かされた。そして、本当に陽気なイタリア人やくざに見えてしまうから役者のプロ根性は驚くべきものだ。アカデミー賞を獲ったマハーシャラ・アリのピアノにも驚いた。これはボディ・ダブルというか、プロのピアニストが弾いていて、難しいところは編集でうまく繋いでマハーシャラ・アリが弾いているように見せているそうだ。これまた編集さんえらい! アカデミー賞をやってほしい!
ところで、本作に対してスパイク・リーが酷評を投げているが、いちゃもんつけにしか思えない。ホワイトスプレイニングだとか言われているようだが、むしろわたしがこの映画の中で気になったのは、ドンの上から目線態度だ。トニーが一生懸命書いている手紙を読んで、偉そうに「直してやる」とおせっかいをするところはまだいい。トニーが「コツをつかんだから自分で書けるようになった(ので校正を頼まなかった)」と言っているときにトニーの手から手紙をひったくって「直してやるよ」と偉そうに言うのがわたしにはカチンとくる。つまり、ここでは上下の格差が人種ではなく階層によって決定されているのだ。黒人だがインテリで芸術家のドンと、白人でも無学のトニーという格差。結果的にトニーの手紙はずいぶんうまくなったので、それをドンも認めるわけだが。この手紙のエピソードは最後に生きてくる。その時のドンの笑顔が素晴らしい。
天才ピアニストとして登場するときには黒人であっても尊重されるが、ただの一人の黒人になったとき、露骨で暴力的な差別を受ける。それが社会的差別の実態というものだろう。わたしたちは差別の様々な、そして複雑な位相を理解することが必要なのだということをこの映画を通じて知ることができる。最後には「個」としてのドンとトニーが互いを信頼することができた、そのことが感動を呼ぶ。ほんとうにすがすがしい映画だ。
(2018)
GREEN BOOK130分
アメリカ
監督:ピーター・ファレリー製作:ジム・バーク、ニック・ヴァレロンガほか脚本:ニック・ヴァレロンガ、ブライアン・カリー、ピーター・ファレリー撮影:ショーン・ポーター音楽:クリス・バワーズ
ブルゴーニュで会いましょう
ずらりと並ぶワインとグラスがアップで写る巻頭。軽快なジャズボーカルが流れるこの場面がおしゃれだ。そのワインを次々とテイスティングするかっこいいお兄ちゃんはシャルリという名のワイン評論家。ソムリエとはまた違うんだな。彼はワインの評価をして本を出版する。かなりの影響力のある成功した評論家であるシャルリはワイナリーの跡取り息子だったのだが、頑固な父親と衝突して家を出てしまい、パリで華やかな生活をしていたのだった。
しかし、実家の畑が借金のかたに人手に渡りそうだと知って、やむなく田舎に戻って来てワインづくりに精出すこととなる。ワインの味はわかっても、作るのはド素人の彼は、隣家のワイナリーの手助けも得て昔ながらの製法で葡萄畑を耕し、ワインを作ろうと決意する。。。。
ボルドーのワイナリーをディスる親父。「ボルドーには販促のプロ、資本家、建築家ばかりで醸造家がいない」とボルドーから買い付けに来たワイナリーの経営者を面罵する父にうんざりするシャルリだった。
牛を使い、また、人力によって丘陵地帯を登りながら畑を耕す作業は重労働だ。その重労働ぶりが画面からはさほどには感じられなかったのが残念。ブルゴーニュの葡萄畑の光景は圧巻だ。地平線のかなたまで広がる丘陵地帯すべてが葡萄畑だ。ここからいったいどれだけ多くのワインが採れるのだろうと思うとわくわくする。
父との対立や隣家の娘との恋愛など、それなりの波乱万丈があっても、シャルリのワイン造りは懸命の努力と勉強によって着実に進んでいく。物語は予想通りの予定調和を迎えるという安心路線を行くので、ストレスなく見られる。なんといってもワインが美味しそうだし、料理もそそられるし、なかなかいいんじゃないでしょうか。
この映画がどれだけフランスのワイナリーの実態を反映しているのかはわからないが、伝統産業とりわけ第1次産業の跡取りが人手不足であることは容易に想像がつくから、こういう苦悩はあちこちでみられるのではないだろうか。
根が単純なわたしはこういう映画を観るとすぐにワインが飲みたくなる。美味しそうな映画を観るとすぐに食べに行きたくなる。で、よく考えてみたらボルドーだろうがブルゴーニュだろうが、ワインの味なんかわからないんだよね。美味しいか美味しくないかは自分の好みに合うかどうかだけ。ロマネコンティなんか飲まされたってきっと美味しいと思わないだろうし、ボジョレー・ヌーヴォーが美味しいなあと思うような人種なんだから、ワイン通からは嘲笑されるだけだと思うが、とにかく美味しそうに思えたので、とりあえずイオンで売ってた3リットルの箱入りワイン(1500円)を楽しく飲んでる。最近こればっかり飲んでいて、けっこう気に入ってます。(Amazonプライムビデオ)
2015
PREMIERS CRUS
97分、フランス
麒麟の翼 ~劇場版・新参者~
あ、これはシリーズものだったのか。テレビで放送していたドラマの劇場版ね。なるほど、それでキャラクターの説明があまりなかったわけだ。
労災問題が登場するのだが、気になるセリフが。「労災なら、治療費は会社から出るだろう」と登場人物の一人が言う。これ、間違いです。労災なら、治療費は保険から降りるのです。このへんの詰めが甘いな。労働問題を取り扱うならちゃんと調べてほしいわ。
で、わりと本格的なミステリーなのだが、どうにもその本格的というあたりに実感がない。たとえばイギリスドラマ「シャーロック」に見るような見事な推理が展開されるわけでもなくて。主人公の刑事はなんでも「勘」で怪しいと思うみたいで、非科学的なのである。
登場人物が多くて話の筋が変わるので若干わかりにくいが、当初、まったく謎の殺人事件と思われた事件が徐々に真相が明らかになるつれて、被害者の人間像が浮かび上がり、彼がとてもいいひとであったことが判明して切なくなる。明らかな悪人が存在しないにも関わらず、多くの人が不幸になるという展開がいたたまれない。まあ、それもこれも被害者たる父親の優柔不断や判断ミスが引き起こした悲劇であるのだが。
被害者が倒れていた場所が東京日本橋の麒麟像の下。ここが江戸の起点だから、というのがその理由だ。そういえば東海道はここから始まるのだよね。
最後の場面、刑事が教師を説教するのが鬱陶しい。これが無ければよかったのにねぇ。(Amazonプライムビデオ)