吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

遺体 明日への十日間

 

 ちょうどこの映画を観ていた時期に大阪で地震が起きたのでちょっとタイムリーだな、と妙な縁を感じたのだが、この映画は今回の大阪の地震の比ではない被害を描いている。
 東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県釜石市が舞台。

 ただひたすら遺体と向き合う人々を描く物語は見ていてとてもつらい。しかし、暗いだけの映画ではなく、震災から立ち直るために黙々と仕事をする人たちの美しい姿には心打たれる。しかも、「仕事」ではなくボランティアで遺体の手当てや見送りを申し出た主人公には本当に頭が下がる。これは実話に基づくという。遺体安置所となった廃校後の体育館を舞台に、2011年3月11日からの10日間を描く。場面はほぼこの体育館に限定されていて、何体も何体も運び込まれてくる泥まみれの遺体と対面する釜石市の職員、医師、歯科医師たちのつらい仕事が延々と続く。遺族もまた遺体にすがって離れない。
 人は死んだらそれでおしまい、死体はゴミと同じだという考え方もあるかもしれないが、遺族にとってはそんなものではない。主人公の民生委員・相葉は元葬儀会社社員だったという経験を生かして遺体を大切に扱い、遺体が生きているように語り掛け、手をさする。自らも被災者であるから家に帰っても水もガスも出ないところでペットボトルのお茶を飲み、ろうそくの灯で生活せざるを得ない。それでも毎日ボランティアにやってくる相葉は、ボランティアだからという理由で昼食も配給されない。これは確かに正当な理由があるのだが、しかし理不尽なことではある。
 延々と検死を続ける医師や歯科医もやがて疲弊し始める。心が折れそうな市職員は体が固まって動けない。読経をあげに来た住職も涙で声が出なくなる。だが、そんな人々も相葉の態度を見ているうちに、少しずつ心が柔らかくなる。これもまた労働映画の一つといえるだろう。言葉にできないほどの災厄に見舞われた人々が、それでも必死になって自分たちのするべきことをこなしていくこと。これがプロの仕事なのだ。たとえボランティアであっても、長年培った技を生かすこと、これがプロボノというべき仕事だろう。
 地味な映画で、何もドラマも起きないし、見ていてつらくなってくるが、それでもこの映画はぜひ大勢に人に見てほしい。(レンタルDVD)

105分、日本、2012
監督・脚本:君塚良一、製作:亀山千広、原作:石井光太『遺体 震災、津波の果てに』、撮影:栢野直樹、音楽:村松崇継
出演:西田敏行緒形直人勝地涼國村隼酒井若菜佐藤浩市佐野史郎沢村一樹志田未来筒井道隆柳葉敏郎

新感染 ファイナル・エクスプレス

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 数あるゾンビものの中でも出色の出来。走る列車の中でゾンビと闘うという究極のサバイバルぶりがサスペンスを盛り上げる。主人公はファイナンシャル・プランナーのソグ。小学生の娘を別居中の妻のもとに送り届けるために、ソウルから釜山行きの特急列車に乗った。この映画の前日譚が「ソウル・ステーション」というアニメで、要するに原因不明の感染が広がってゾンビと化した人間が列車内に増殖し、乗客を襲いにワラワラとあふれ出てくるという恐怖映画。しかしそのゾンビのわらわらぶりには思わず笑ってしまう。わたしは「ワールドウォーZ」を思い出してしまったわ。
 この主人公ソグが「パパは自分のことしか考えていない」と非難されるほどの自己中心的な人間だということがミソで、しかし自己中であってもわが子(だけ)は可愛いから、必死で守ろうとする。この娘を演じた子役が実にうまい。ちょっとすねた感じの陰気臭い目元もよい。この子は整形しておらず素の個性が見えていて印象がいい。同じく、高校生役の子役も素直な顔をしているのが好感度高い。

 して、絶体絶命のピンチに会うと、人間性がわかりやすく表出する。下品そうに見えたオヤジが実はとんでもなく強いおじさんでヒーローぶりを見せるとか、紳士が我利しか眼中にない最低人間だったり、高校生は意外に頑張ったり、さまざまにドラマが生まれる。ゾンビの短所を見つけてなんとか逃げおおせようと作戦を練る乗客たちの知恵と団結も素晴らしく、しまいには感涙ものの家族愛も描かれる。次から次へと繰り広げられる山場も緩急あって大変よろしい。

 で、結局最後は誰と誰が助かったのだったっけ? 1週間後にはもう忘れてしまうありさま。ビデオを見直してみたら、最後はえらく感動的である。しかも続編ができるのではないかと思われるような終わり方。。。。(レンタルDVD) 

118分、韓国、2016

監督: ヨン・サンホ 、脚本: パク・ジュスク、撮影: イ・ヒョンドク、音楽: チャン・ヨンギュ

出演:  コン・ユ、チョン・ユミ、マ・ドンソク、キム・スアン

ロープ/戦場の生命線

 2月半ばに鑑賞。

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 1995年のバルカン半島を舞台に、戦争が終わった後も続く空しい戦後処理の活動をブラックユーモアたっぷりに描く怪作。どこかしらタノヴィッチ監督の「ノー・マンズ・ランド」に似た味わいがある。
 「国境なき水と衛生管理団」って、なんの冗談ですか、そのネーミング。思わず笑ってしまったけど、もちろん元ネタは国境なき医師団とかそのほかのNGO団体なのだろう。物語はそのNGO「水と衛生」職員の奮闘を描くわけだけれど、そもそも当該職員がベニチオ・デル・トロという時点で既に怪しい。案の定、彼のもとにやってくる監査係の美女が元恋人ということで、ベニチオおじさんがNGO活動の合間に女たらしをしていたことがいろいろと露呈する。このNGOに属する人々の国籍が多様で、多くのスタッフが紛争現地で献身的に活動していることがよくわかる。

 ところが、本作では彼ら彼女らの活動がほとんど無意味なぐらいに意味がなくてほんとに無意味でシジュポスの神話ぐらいに無意味で意味がない。ということを描いた作品。その無意味さぶりが素晴らしかった。いや、けなしているのではなく、これは戦争の無意味さを戦後になっても引きずることの空しさをとことん描いたという点で素晴らしい反戦映画だ。
 邦題の「ロープ」は昨今にない素晴らしい日本語タイトルと言える。確かに、たった一本のロープを求めて「国境なきなんたら団」は彷徨い続けるのだから。彼らの自動車がバルカン半島の山岳地帯をうねうねと走る姿を空撮でとらえた映像はアッバス・キアロスタミ監督のくねくね三部作を思い出させる。つまり、終わりなき徒労を描いた作品といえるわけだ。
 ベニチオ・デル・トロの相棒の初老の男がティム・ロビンスだと気づくのにだいぶ時間がかかった。久しぶりに見たわ、ティム・ロビンス。すっかり白髪になってしまっているではないの。でも目元は相変わらず可愛らしい。お薦め作です。

A PERFECT DAY
106分、スペイン、2015
製作・監督・脚本:フェルナンド・レオン・デ・アラノア、原作:パウラ・ファリアス、共同脚本:ディエゴ・ファリアス、音楽:アルナウ・バタレル
出演:ベニチオ・デル・トロティム・ロビンスルガ・キュリレンコ、メラニー・ティエリー、フェジャ・ストゥカン、セルジ・ロペス

 

いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち

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 これは楽しい。三部作の第2作なので、第1作を見ていないことが返す返すも悔しいけれど、この第2作だけ見ても十分ストーリーは理解できる。仕事にあぶれた研究者たちが犯罪に手を染めて、その犯罪歴を帳消しにしてもらうために警察に協力する、というお話。まあ、荒唐無稽な設定ではあるけれど、これがイタリアの現実を反映した風刺であるというところが肝胆を寒からしめる点だ。
 日本でも「高学歴ワーキングプア」という言葉が人口に膾炙して既に10年が過ぎているが、イタリアでは該当する人たちがどんどん海外に流出しているという。そういう状況を巧みに盛り込んで思い切り笑わせてくれる本作は、なかなか考えさせられるつくりになっている。
 マッドサイエンティストならぬ、天才的な化学者はドラッグの分析に余念がなく、一度は自分たちを捕まえた警察に手を貸している。しかし、この事件は理系学者だけが居ればなんとかなるだろうと思わせるのに、なんと考古学者とかラテン語碑銘学者とか記号学者とかの文系も大活躍。やっぱり世の中ちゃんと動かすためには哲学や歴史学が必要なんだよ! この監督は実によくわかってらっしゃる。偉い!
 超合法ドラッグ「スマート・ドラッグ」の取り締まりを通じて手柄を立てたいという出世欲ギラギラの美しい警部がまた度を越していて、これまた笑いのツボ。
 笑えればなんでもいいということなのか、ナチスのクラシックサイドカーまで登場し、最後は見事な列車アクションシーンでド爆笑。ハラハラドキドキと爆笑を繰り返しつつ、物語は第三部へ。第三部も絶対見るよ。せっかくだから劇場公開されていない第1作も上映してほしいなぁ。

SMETTO QUANDO VOGLIO: MASTERCLASS
119分、イタリア、2017
監督:シドニー・シビリア、脚本:シドニー・シビリアフランチェスカ・マニエーリ、ルイジ・ディ・カプア、音楽:ミケーレ・ブラガ
出演:エドアルド・レオ、グレタ・スカラーノ、ヴァレリア・ソラリーノ、ヴァレリオ・アプレア、ルイジ・ロ・カーショ

アバウト・タイム ~愛おしい時間について~

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 ちょっと変わったタイムスリップもの。といっても、行けるのは過去だけで未来は無理。自分の経験がたどれるだけで、他人のは不可能なので過去に行ってヒトラーを暗殺できない。

 で、何がいいかというと失敗を全部やりなおせるってことと、同じ本を何度も読めること!! なんじゃーそれ。タイムトラベルができるなら、もっと大胆にいろんなことができそうなのに、わりとちまちましたことにしか使わないっていうところが主人公一家の節度のあるところなのかな。この一家は代々の男たちがタイムトラベルできるという能力を持っているのだ。それを21歳の誕生日に父から知らされたティムは、早速その力を使って素敵な恋人を得ようと頑張ってみるのだが。。。。
 主人公ティムが全然すかっとしてないところがいいね。でもわたしの好みのタイプじゃないし、なんだか頼りないしいまいち。そんな男でも過去に戻ればいろいろとやりたい放題できるんだよ、というところか。これは完全に男の子の願望物語。
 人間はいつだって生き直せるしやり直すことは可能だと思うけれど、それは未来に向かってであって、過去を書き直してしまうなんて、それは得手勝手というもの。それではきっと人生は楽しくないとわたしは思う。いろんなことに悩み後悔し地団太を踏んだり自分を恨んだりするからこそ醍醐味があるというもの。そんな簡単にやり直せるなら、一期一会の感動がないやんか!
 で、どんなに過去に戻れたって、人間の寿命を変えることはできないし、変えられない過去だってある。変えてはいけない過去もある。さてどうすればいいのか。ティムは悩む。素敵な恋人を得て幸せに生きていたって、すべてが手に入るわけではないと彼は気づく。ここがよかったね。
 しかしわたしが不思議に思ったのは、一族の男がみんな過去に戻って事実を修正できるなら、全員が同じように過去を変えまくったらいったいどうなるのか? 輻輳した過去はいったいどうなるんだろう。最後はしみじみして終わったからよかったけれど、最初のうちはどうなることかと心配になるような作品だった。

 ティムの妹の「キットカット」!(こんな名前、あるの?) この変人キャラが最高によかった。(レンタルDVD)

ABOUT TIME
124分、イギリス、2013
製作総指揮・監督・脚本:リチャード・カーティス、音楽:ニック・レアード=クロウズ
出演:ドーナル・グリーソン、レイチェル・マクアダムスビル・ナイトム・ホランダーマーゴット・ロビー、リンゼイ・ダンカン

ゲティ家の身代金

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 大学院の授業の折に、INUE先生がヨーロピアナの解説をされていて、「ゲティ財団のおかげでヨーロピアナで日本の著作者を日本語で検索できる」とおっしゃった。その言葉聞いた瞬間に映画マニアの社会人院生IMNさんが目を輝かせて、「それはひょっとして『ゲティ家の身代金』のゲティ財団でしょうか」と口走った。
 などということを思い出しながら見ておりました、本作は予想以上に面白かった。さすがはリドリー・スコット監督、絶対に観客を飽きさせない引き締まった演出。
 実話ベースと言いながらどこまでが本当なのかよくわからないなあと油断しないように見ていたのだが、世界一の大金持ち、ジャン・ポール・ゲティ爺さんの吝嗇ぶりに驚く。誘拐された孫の身代金1700万ドルは確かにはした金ではないが、かといってゲティ爺さんになら楽に払える金額なのに、一銭も払わないと主張する。孫の母親、つまり自分の息子の元妻が懇願しても聞く耳を持たない。誘拐されたポールの母親ゲイルは毅然とした態度を貫き、取り乱したりすることなくマスコミの前でも振る舞う。守銭奴ゲティとの対比もわかりやすく、興味深い人間模様が描かれている。主な登場人物であるゲティ、ゲイル、さらにはゲティに雇われた元CIA職員のチェイス。この三人がそれぞれに個性が際立ち、演じている役者もみなうまいため、見ごたえあるサスペンスが成立している。わたし自身は1973年に起きたこの事件のことを全くと言っていいほど覚えていなかったので、結末も知らずに見ていたから余計に手に汗握った。
 ポールの世話をする小汚い小悪党がロマン・デュリスに似ているなぁと思っていたら、本人だった。すっかりおじさん化しているが、憎めないおいしい役をもらっている。役者が皆、よい味を出しているのもリドリー・スコット監督の手腕であろう。この作品がいくつもの映画賞の候補になったのも頷ける出来。身代金の値下げ交渉やゲティの貪欲ぶり、ゲイルの勇気と機転、といったエピソードの数々がまとまりよくつながっていて、見ごたえある一作になっている。ローマやイギリスの邸宅、街並みといった歴史を感じさせる風景も見どころの一つであり、音楽や美術作品の数々も素晴らしい。博物館・美術館が登場するからミュージアム映画の一つとも言える。
「当初ジャン・ポール・ゲティ役だったケヴィン・スペイシーが作品完成後にスキャンダルで降板となり、急遽クリストファー・プラマーが代役に起用され、限られたわずかな期間での再撮影を敢行、最終的にはアカデミー賞ゴールデン・グローブ賞にノミネートされる前代未聞の快挙でも大きな話題となった」という解説を読んでびっくり。よくぞそんなことができたもんだ。そうなると、お蔵入りになったケヴィン・スペイシーの特殊メイクによるゲティの姿も見てみたいと渇望してしまう。DVDリリースの特典映像に入れたら売れるんじゃないかな。 
 拝金主義者に見せたい映画です。

ALL THE MONEY IN THE WORLD
133分、アメリカ、2017

監督:リドリー・スコット、製作:クリス・クラークほか、原作:ジョン・ピアソン、脚本:デヴィッド・スカルパ、撮影:ダリウス・ウォルスキー、音楽:ダニエル・ペンバートン
出演:ミシェル・ウィリアムズクリストファー・プラマーマーク・ウォールバーグ、チャーリー・プラマー、ロマン・デュリスティモシー・ハットン

セトウツミ

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 究極の脱力系コメディ。よくぞこんな作品を映画にしたもんだ。これ、お金払って劇場で見てたら怒るよね、ほんま。でも面白い。音楽がタンゴ、というところも人を食ったみたいで良い。
 高校生が二人、暇を持て余して放課後の河原に座ってああでもないこうでもない、とどうでもいい話を延々繰り返す。それだけの話。製作費はほとんどかかっていない。ロケ地も河原からほとんど変化しない。もう映画と言うよりは舞台劇かテレビドラマの世界。上映時間も短いしね。芝居と言うよりもコントみたいな漫才みたいな。ほとんどが「間(ま)」のとり方の絶妙さで成り立っている会話劇だ。大阪弁に親しみのない人にはちょっとしんどいかもしれない。
 この年頃の男の子たちの生態がよくわかって、また同じ学校に通いながらも成績格差や貧富の格差が歴然とあるという意外性も面白く、どうでもいい会話から家庭問題が見えてくる脚本もなかなかうまい。なによりも主役二人がほんとうにうまい。菅田将暉がうちのY太郎の高校生の頃にそっくりなので笑ってしまった。個人的にはとても受けたので、高得点。主人公二人の苗字がセトとウツミなんだけど、二人合わせて瀬戸内海だってこと、今頃気づいたよ。(U-NEXT)

75分、日本、2016
監督:大森立嗣、製作:橋本太郎、原作:此元和津也、脚色:宮崎大、大森立嗣、音楽:平本正宏
出演:池松壮亮菅田将暉中条あやみ鈴木卓爾、成田瑛基、岡山天音