吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

あの日 あの時 愛の記憶

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 アウシュヴィッツで出会ったポーランド政治犯の男とドイツ系ユダヤ人の女。男はどういうわけか収容所内でカポのような役目を担っていたのか、ドイツ兵に賄賂をわたし、それなりの厚遇を得ることができていた。男女が別々に収容されているはずの収容所内で二人は密会し、愛し合い、女は妊娠する。やがて二人は命がけで収容所を脱出する。1944年のアウシュヴィッツのハンナは虐げられている囚人とは思えないほどの色香がある。
 この脱出劇がたいそう緊迫感に満ちている。物語は現在のニューヨークに住むハンナと過去のハンナとのカットバックで進み、二人が無事に脱出できたことは観客も知っているのにもかかわらず、手に汗握ってしまう。そしてそんな二人が生き別れになり、互いが死んだと思い込んで30年が過ぎていた。
 この30年はハンナにとってどんな年月だったのだろう。優しい夫と愛し合い、娘も授かったというのに、そして、夫は成功した研究者として表彰されたというのに、その祝賀パーティを自宅で開いているその夜に、ハンナは気もそぞろになってかつての恋人の行方を必死に探る。それは、どうしても会わねばならない恋人だったのだ。どうしても決着をつけねばならない愛だったのだ。極限状態で芽生えた愛は、死と隣り合わせの瞬間を共有し、刹那の愛欲に溺れためくるめく記憶を共にした稀有なものとして、彼女の核の中に深く浸染していた。
 これが40年後や50年後ならどうなっていただろう。二人は30年後に再会する。そのあまりにもあっけないラストシーンが深い余韻に満たされて、言葉にできない30数年の思いをハンナの視線に語らせていた。こんな実話があったなんて、奇跡のようだ。愛はいつも奇跡を生む。愛する人を生き延びさせたいと思う気持ちが彼女を救い、その想いを受け止めた女は30年経っても男を捜す。
 戦争の傷は時と共に癒えるものではない、とわたしの友人の医者が語っていた。老人病院の入院患者は、死を間際にして戦場の記憶にさいなまれ、悪夢にうなされ、時にいきなり戦場での残虐行為の懺悔を始めたりしたという。
 これもまた静かな反戦映画だ。そして、愛の記憶が人を突き動かすことを、思いもかけぬ行動へと走らせ、そしておそらくその後の人生に大きな意味を投げかけることを教えてくれた。(レンタルDVD)

DIE VERLORENE ZEIT
111分、ドイツ、2011
監督:アンナ・ジャスティス、脚本:パメラ・カッツ、音楽:ユリアン・マース,クリストフ・カイザー
出演:アリス・ドワイヤー、そのマテウス・ダミエッキ、ダグマー・マンツェル、レヒ・マツキェヴィッチュ、スザンヌ・ロタール、デヴィッド・ラッシュ

スリー・ビルボード

 もうすぐビデオリリースされるので、ぜひおすすめの一作を。今年は映画豊作年で、ナンバーワンと思う作品がすでに4作もあるよ! うれしいねー。

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 娘をレイプされ殺された母親が、捜査が進展しないことに業を煮やして国道沿いに3枚の看板(ビルボード)を出した。それは警察署長を名指しで批判するものだっただけに、田舎町に大きな波紋を投げかける。

  犯人への怒り、警察への怒り、娘へのやりきれない悲しみと自責の念、さまざまな複雑な感情を見事に演じきったフランシス・マクドーマンドの演技が絶賛に値する。そして彼女に負けず劣らず強烈な印象を残したのが、瞬間湯沸かし器のような暴力警官を演じたサム・ロックウェルだ。
 この作品に流れているものは「怒り」。誰もが怒り、暴力をふるい、人を脅し、傷つける。やがて被害者が加害者になり、加害者が被害者になり、ことの善悪が簡単には判断がつかない展開になる。そして怒りと悲しみ一色に彩られていた人々の心に、ある事件をきっかけに変化が訪れる。
 話がどう転がるのか全然予測がつかないだけに、この映画は事前情報なしで見るのがお薦め。見終わった後に、必ず誰かと語り合いたくなる映画だ。
 物語の先が読めない理由は、登場人物たちが大きな感情に揺さぶられて動くからだ。理知的な行動をとる人間が皆無で、その場その場の感情の揺れ動くままに次の一手を打ってしまうために、観客は肩透かしをくらう。と同時に、いい意味でも裏切られていく。社会的差別はさまざまに偏在し、被害・加害と差別・被差別を複雑に編み込んでいく。
 理知的な行動をとる人間がいないと書いたが、それを描く脚本は実に理知的だ。人というものを一つの枠に当てはめたりしない人間観が素晴らしい。
 ラストシーン、新たな「共犯者」たちの行方を占うロードムービーがもう一本作れそうだ。2時間があっという間の、練り込まれた脚本に脱帽。

THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI
116分、イギリス/アメリカ、その2017
監督・脚本:マーティン・マクドナー、製作:グレアム・ブロードベントほか、撮影:ベン・デイヴィス、音楽:カーター・バーウェル
出演:フランシス・マクドーマンドウディ・ハレルソンサム・ロックウェルアビー・コーニッシュジョン・ホークス

Re:LIFE~リライフ~

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 若くして大ヒット作を書き、アカデミー賞も受賞した脚本家が、その後15年も鳴かず飛ばずでついに田舎大学の脚本コースの教師になる、というお話。くたびれたやる気のない中年大学教員をヒュー・グラントがまさに適役!って感じで楽しく演じている。 

 主人公キースは赴任するなり、大学に出校する前日には既に女子学生をお持ち帰り。んで、「教師っていいなぁ」とつぶやいているスケベな中年。受講生は顔で選び、開講するなり1か月休講。赴任したばかりの懇親会で同僚女性教師にからんでセクハラ認定を受けるなど、とかくやる気のなさが顔面からにじみ出る。
 ところが、いやいや始めた講義でついつい熱っぽく脚本について語ってしまい、どういうわけか才能ある学生もいて、教師としての楽しさに目覚めてしまうキースであった。しかし、学生との情事が査問にかけられることになり。。。。
 というコメディ。脚本がいい。社会人学生を演じたマリサ・トメイが明るく前向きないい味を出しているので、大人の鑑賞に堪える楽しい話に出来上がっている。ヒュー・グラントも単なるやる気のない助べえかと思ったが、案外いい男であることがわかったし。それに半端ない教養の持ち主であることも魅力的だ。J・k・シモンズの学科長も涙もろくていい親爺さん。こういう、心底の悪役が出てこない映画というのは気持ちがいい。
 人生のやり直しと言うのは決して栄光の日々よ再び、というアグレッシブな事象ばかりではない。本作が意外にアンチハリウッド的だったのもよかった。バックステージものとしてもチラリとハリウッドの脚本システムが見え隠れする部分に興味津々。とりわけ21世紀になって以来の、「強い女を登場させろ」というスタジオ側の圧力に抵抗するあたりが笑えた。フェミストへの意趣返しも興味深く、ハリウッドのミソジニーが垣間見えて個人的には大変楽しめた一作。(レンタルDVD)

THE REWRITE
107分、アメリカ、2014
監督・脚本:マーク・ローレンス、製作:マーティン・シェイファー、リズ・グロッツァー、音楽:クライド・ローレンス
出演:ヒュー・グラントマリサ・トメイベラ・ヒースコート、J・K・シモンズ、クリス・エリオット、アリソン・ジャネイ

タクシー運転手 ~約束は海を越えて~

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 1980年の光州事件を世界に向けて報道したドイツ人ジャーナリストを、ソウルから光州までの乗せて走ったタクシー運転手の実話を基にした作品。
 光州蜂起が起きたとき、私は大学4回生で、ちょうど文学部学生大会の時期であった。光州蜂起を支持し韓国民主化運動に連帯しようという特別決議案8000文字を一晩徹夜で書きあげて謄写版印刷した日の夜明けのことを思い出す。朝の大学構内に入る前に「毎日新聞」だったか、新聞を読んだ。そこには民衆が蜂起してトラックに若者たちが乗り込んで気勢を上げている写真が写っていた。朝ぼらけの薄暗い中、その大見出しのトップ記事を興奮して読んだことを覚えている。
 その後、文学部では学生大会が成立してストライキに突入した。その年の12月には金大中氏への死刑判決に抗議して全学集会を開いて教養部のバリケードストも行った。そんな特別な思い出がいろいろと去来する光州事件である。
 さて、物語は。
 父子家庭の父親であるキム・マンソプはタクシー運転手として日々の糧を稼いでいた。民主化運動が激化するある日、光州までの報酬が10万ウォンという高額なのにつられて、他人の仕事を横取りしたキン・マンソプはドイツ人記者を乗せて走ることとなる。陽気なマンソプは学生運動に否定的で、社会的関心も薄いごく普通の運転手だったが、やがて到着した光州でとんでもないことが起きていることを知り、愕然とする。動乱に巻き込まれたマンソプは無事にソウルに戻れるのか? ドイツ人記者は稀代のスクープを世界に伝えることができるのか?
 という、サスペンス。最初はコメディの様相を見せた映画だが、いつしか危機感あふれるサスペンス、アクションへと変わっていく。当時の光州の様子が非常にリアルに描かれて手に汗握る攻防戦が展開する。名もなき市民が銃を持ち、戒厳軍に立ち向かう様は震えを覚えるほどだ。
 同胞に対して「アカめ!」と平気で銃を向ける兵士たちの姿は朝鮮戦争時を彷彿とさせる。いまだに北朝鮮が送り込んだ扇動部隊が光州事件を起こしたという陰謀説がまことしやかにネットで流れるのだから、真相究明までには実はまだ遠い日々なのかもしれない。

 この映画では保守的なオヤジであった運転手キム・マンソプがいかにして変わっていくのかが見どころとなる。ソン・ガンホがいつものようにユーモラスなちょっと大げさな演技をして見せるかと思うと、光州市内に入ってからの彼は戒厳軍の暴力という事実を目撃することによって自己変革を遂げる運転手役を誠実に感動的に演じている。韓国映画はとかく大げさな演出で辟易することも多いのだが、この映画ではラスト近くのカーチェイスを除けばさほどの盛り盛り感もなく、光州のタクシー運転手たちの団結心の素晴らしさに胸が熱くなる。こういう非常時には人間の本性が出るもので、それまで政治に興味がなかったオヤジさんたちも、学生たちが目の前で命を落としていく様子を見れば、人は変わるのである。
 この作品に対して、ドイツ人記者の視点が描けていないという批判は当然のことと思う。わたしも映画を見ている途中でとても不思議なことと思ったのは、彼がいつも「蚊帳の外」にいるように見えたことだ。それは実際のところ事実だったのだろうから否定のしようがないのかもしれない。だから、本作があくまで韓国人運転手の主観描写に徹底していることじたいは非難されるようなことではないだろう。ただ、ドイツ人記者の視点を入れれば、もっと視野が広がって深い作品になったであろうことは容易に想像できる。
 驚くべきことに、本作が公開されて映画を観た運転手の遺族が名乗り出たことだ。映画の設定とはかなり異なって、運転手は金に困ってドイツ人を乗せたわけではないことも判明しているという。https://kban.me/article/7423
 とまれ、多くの人にみてもらいたい作品。 

A TAXI DRIVER
137分、韓国、2017
監督:チャン・フン、製作総指揮:ユ・ジョンフン、脚本:ウム・ユナ、音楽:チョ・ヨンウク
出演:ソン・ガンホトーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジュンヨル、パク・ヒョックォン

 

マルクス・エンゲルス

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 二人の出会いから「共産党宣言」が書かれるまでを描く、青年マルクスエンゲルスの物語。今年が生誕200年になるのを記念してカール・マルクスを主人公に映画を作ってみました、というもの。ひょっとしてマルクスが主人公の映画って初めて見たかも。これまで作られてこなかったのだろうか。プルードンバクーニンも登場するから、もうそれだけでついつい興奮してしまうわたくし。
 こういう時代劇はわたしの大好きなジャンルで、当時の紡績工場の内部や機械、さらには「共産党宣言」が印刷機にかけられて刷り上がっていくシーンなどはゾクゾクする。「ペンタゴン・ペーパーズ」の輪転機にも興奮したが、こちらはさらに100年以上前の機械が動いている。いったいどこの博物館から借りだしたのだろう、と興味深い。「共産党宣言」を入稿する直前の作業は夜を徹してマルクスエンゲルス、それぞれの妻によって清書されていく様子が印象深かった。彼らはランプを使わずに蝋燭の灯りで本を読んだり書いたりしている。映画全体がととても暗いのは室内の描写が多いからだ。この時代は鯨油に代わって石油ランプが登場するころのはずなのだが、マルクスたちはランプではなく暗い蝋燭を使っている(この描写で現代メディア史の佐藤卓己先生の講義を思い出した。非常に興味深い読書の歴史を教えてくださったのだが、既に忘れている(;'∀'))。彼らはそれだけ貧しかったということなのだろう。

 共産主義者同盟(ブント)を結成する場面が本作のクライマックスであり、胸が熱くなってしまった。その時の弁士はマルクスではなくエンゲルスだ。エンゲルスのほうが演説がうまかったのだろうか。党大会でそれまでの穏健主義から共産主義へと脱皮することに賛成した多数派はみな労働者であった。 
 しかし、世の中は資本家と労働者の二大階級対立しかないと単純化できた時代は遠く200年近くも前の話。今やそんな時代じゃないのだ。彼ら二人が残した思想がその後どんな悲劇を生んだか、知らずに死んで幸せだったかもしれない。マルクス主義じたいは間違っていないかもしれない(わたしには判断できない)が、この映画を観る限り、マルクスは独善的で独裁的な素地を持った人間である。彼らの「息子たち」がやがて全体主義国家を構築したのもむべなるかな。デリダの『マルクスの亡霊たち』『マルクスと息子たち』を読み直してみたくなった。
 映画に登場する「ライン新聞」の現物が法政大学大原社会問題研究所に所蔵されている。大原社研には『資本論』初版も3冊あって、そのうち一冊はマルクスの署名入り。「稀覯本中の稀覯本」と同研究所のWEBサイトで紹介されている。こういうものをついありがたがるわたしもやっぱりマルクスの息子なんだろうか。
 そうそう、マルクスって身体が弱かったんだ。痛飲したら二日酔いになってなかなか立ち直れなかったらしい。だからエンゲルスより早死にしたんだね。飲みすぎはよくないと肝に銘じました。

 閑話休題

 青年マルクスを演じたアウグスト・ディールは40歳を過ぎているから、とても二十代には見えなくて、じじむささが目に付いて苦しかった。エンゲルスのほうはまだしも若さがあったのだが、キャンスティングは理解に苦しむ。一方、彼らの妻を演じた女優二人はとても魅力的で、役柄の上でも夫たちと対等に議論を交わし、彼らの著作の清書に携わるところが現代的な解釈である。マルクスの妻イェニーは貴族出身で、一方エンゲルスの妻はアイルランド出身の労働者。出身階級の差を感じさせない二人の賢明な女性の姿が神々しかった。

 映画のなかではドイツ語・英語・フランス語が飛び交う。マルクスはドイツを追放されてヨーロッパ諸国を転々としていくわけだから、自然と数か国語に堪能になるのだろう。しかし、映画の中では「上手だ」と褒められていたフランス語は実はひどくドイツ語訛りで、とても聞いていられないというのが映画を観たフランス人の意見である。それはともかく、マルクスは故国を追われてイギリスで亡くなっているし、墓もイギリスにあるのだが、映画の中では郷愁に悩まされている様子がない。やはり労働者には祖国がないということだろうか。

 と、とりとめもないことをあれこれと思いながら見つ、見終わってからも反芻してはエンゲルスの人物像についてWikipediaで読んで好色漢であったことを知り、マルクスの隠し子とどっちがひどいのか、などとあれこれ楽しめる、一粒で何度もおいしい映画でした。

LE JEUNE KARL MARX
118分、フランス/ドイツ/ベルギー、2017
監督:ラウル・ペック、製作:ニコラ・ブランほか、脚本:パスカル・ボニゼールラウル・ペック、音楽:アレクセイ・アイギ
出演:アウグスト・ディール、シュテファン・コナルスケ、ヴィッキー・クリープス、
オリヴィエ・グルメ、ハンナ・スティール

光の旅人 K-PAX

 長さをまったく感じさせない、隙のない演出。ストーリーでぐいぐい押していく異色のSFだ。CGなんて一切必要ない。
 ある日突然ニューヨークの駅頭に現れた男は自分のことをK-PAX星人だと名乗る。精神病院に収容されて治療の対象となるが、その言動が常識を超えて、本当に宇宙人かもしれないという疑惑が周囲の人々を興奮させたり困惑させる。その宇宙人プロートの主治医であるマイケルは、不思議に思いながらも、理知的で穏やかなプロートに魅かれていく。ついにある日、催眠療法でプロートの過去を探っていくことになった。そして判明する、プロートの本名とその悲しい過去が。
 病院の患者たちはみな素直にプロート宇宙人説を完全に納得し、プロートが星に戻るときに一緒に連れて行ってもらおうと必死にアピールするところがとてもかわいい。プロートの数々の不思議な言動や理屈で説明できないところから見ると、宇宙人に違いないという疑惑が大きく募る。物語は、彼が本当に宇宙人なのかどうなのかという興味と謎で観客を引き寄せる。プロート自身のキャラクターの良さもあって、もうこの人、宇宙人認定一号! と叫びたくなるよ。K-PAX語をしゃべり、バナナを皮ごと食べるケビン・スペイシーの熱演ぶりにも唖然。
 人と人のつながりや絆、そんなものがないK-PAXの平和な社会の様子を聞くだに、家族なんてあるから人は争ったり物を欲しがったりするんじゃないかと思えてくる。でも、自分がいなくなっても誰も寂しがってくれない、というのも超寂しい。結局のところこの映画は、家族を大事にしようねという説話だったようだが、そんなふうにきれいにまとめるのも面白くない。K-PAXには家族という概念がないのだから、そんな星に行ったところで、家庭を求める人間の癒しにはならないのだ。けれど、それが心地いい世界もあるよ、ということではないか。これは価値観の多様性を極端に提示してみせた寓話なのだ。
 ネット検索の場面でGoogleではなくYahooを使っているところが2001年という時代を感じさせる。もっとも、YahooのサーチエンジンGoogleを使っていたから同じことなんだけどね。
 さて、彼は本当に宇宙人だったのかって? 決まってるやんか、彼はK-PAXに帰ったんです。借り住まいしていた人間の肉体を残していったけどね。エンドクレジットの後にワンカットあったなんて知らなかった。ネットで読んで慌てて見直したよ。ほらね、やっぱり、マークだって待ってるんだよ、再会を(笑)。(レンタルDVD)

K-PAX
121分、アメリカ、2001
監督:イアン・ソフトリー、原作:ジーン・ブリュワー、脚本:チャールズ・リーヴィット、音楽:エド・シェアマー、歌:シェリル・クロウエルトン・ジョン
出演:ケヴィン・スペイシージェフ・ブリッジス、メアリー・マコーマック

ボストン ストロング~ダメな僕だから英雄になれた~

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 2013年のボストン・マラソンで起きた爆弾テロ事件の被害者の「その後」を描く。同じ事件を描いた「パトリオット・デイ」が犯人を追う警官を主人公にしたサスペンスだったのに対して、こちらは事件そのものよりも、両脚を失った主人公がいかにして苦しみから立ち直っていったか、その過程を丁寧に描いている。「パトリオット・デイ」はフィクションがかなり混じっているようで、映画的に面白いのはそちらなのだが、本人の手記を元に作られた「ボストンストロング」の方がリアリティがある。
 とはいえ、実話だけにドラマティックな展開がまっているわけでもなく、奇をてらった演出があるわけでもなく、スタイリッシュでもないので前半少々もたついて退屈だ。ドラマティックじゃないと書いたが、爆弾で両脚を吹き飛ばされるなんていう大事件に遭遇する人はそうそういないわけで、ここが物語の出発点なのだから、それ以上の山あり谷ありは望めないのがふつうの人の人生だ。
 小さなアパートに住む母子家庭のジェフは、コストコで働くごくふつうの労働者だった。少々だらしないところがあって、恋人には愛想をつかされてしまった。しかし、別れた恋人エリンとよりを戻したい一心で、彼女がボストンマラソンに出走するのを応援に行こうと決意する。それが彼の人生を一変させることになるのだ。ゴール間近で二度の爆発が起こり、応援中の観衆のうち3人が死亡、282人が負傷するという大事件が起きる。ジェフは両脚を吹き飛ばされ、膝の上から切断することになった。家族や親族一同が病院に集まって事態を見守っている。離婚した両親もこの時ばかりは一緒にジェフを案じて涙に暮れていた。エリンもまた責任を感じて病室の片隅にひっそりと佇んでいる。
 「ボストンストロング」という言葉は、爆弾事件の直後からTwitterで拡散したスローガンである。ジェフは重傷を負いながらも犯人を目撃していたことを警察に証言し、英雄として祭り上げられる。母親は舞い上がり、エリンは戸惑い、本人は心身ともに傷ついて苦しんでいる。この三者がそれぞれなりに立ち直り、ぶつかりあいながらも関係を深めていく様子がじっくりと描かれる。

 やはり事実をそのまま描くとあまり山場のない話になるのだろう。それでも、エリンとジェフの母との嫁姑の対立みたいなセリフの応酬や、ジェフの友人たちとのふれあいなど、とてもリアルな場面は心に残る。特に、母親が酒浸りなのには苦笑してしまったし、ジェフもタイトル通りに心が弱くてダメな人間である。実在の人物をこんな風に描いて本人たちからクレームが出なかったのかと心配になるぐらいだ。
 ジェイク・ギレンホールはちょっと暗すぎるし、青年には見えない老け顔なのでイメージが合わないのだが、素直に作られた本作はなかなかよかった。

STRONGER
119分、アメリカ、2017
監督:デヴィッド・ゴードン・グリーン、製作:トッド・リーバーマン,ジェイク・ギレンホール、原作:ジェフ・ボーマン、ブレット・ウィッター、脚本:ジョン・ポローノ、音楽:マイケル・ブルック
出演:ジェイク・ギレンホール、タチアナ・マズラニー、ミランダ・リチャードソンクランシー・ブラウン、カルロス・サンス