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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

杉原千畝 スギハラチウネ

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 日本人エライ映画の第2弾。「海難1890」が情緒に訴える作品だったのに比べると、こちらは歴史の勉強になる点がよい。現代史のおさらいになるし、あとで歴史地図を見てリトアニアソ連、ドイツの地勢を確かめるとなおよくわかる。

 杉原千畝リトアニア領事代理の肩書を使って大量にビザを発給し、結果的に6000人のユダヤ人を救ったことは知っていたが、彼がスパイであったことは知らなかったので、そういう意味ではこの映画は大変興味深かった。 

 この映画がポーランドでオールロケを行ったことは意義深い。日本の場面すらポーランドで撮影したという徹底ぶりには恐れ入る。ただし、製作陣の意気込みとはまた違った政治的文脈でこの映画(杉原という人物)を読みたい人々にとっては、彼らにとって都合のいい日本人像を与えていないかという危惧が残る。話を簡単にするためかもしれないが、杉原のロシア人前妻のことはほとんど触れられず、単なる捜査協力者(にしては妖しい)としてしか描かれない。全体に、話を簡単にしすぎるきらいがあり、そこが演出上にさまざまな瑕疵を生んでいる。

 杉原が再婚した10歳以上年下の妻(小雪)は、夫が悩み沈んでいるというのに、まったく意に介していない風なのはどうしたもんだか。戦時中というのにいつでも美しく着飾っているというのもどうよ。こういう部分は史実なんだろうか。最後に杉原夫人の実物写真が写ってのけぞりそうになった。小雪とまったく違う! まあ、それは映画的な演出の許される範囲と思うので、とやかく言うべきことではない。

 それよりも何よりも、今この時期にこの映画を描いた理由をきちんと考えるべきだろう。戦後70年を期して多くの作品が作られた。これもその一つだ。先の戦争を反省し、二度と同じ過ちを繰り返さないという視点から作品が作られるならば、多少の瑕疵があってもそれは許されるとわたしは思う。外国事情に通じていた外交官ならば、日本が第二次世界大戦に突入して勝てるなどとは誰も思わなかったはずだ。そのあたり、杉原の正直な思いがこの映画には描かれている。そして、彼の提言を受け入れなかったドイツ大使の大島浩が登場し、「君の分析は常に正しい」と言わしめている。

 そもそもなぜ杉原はビザを発給したのか? 当初はそれは不可能と言い張っていたにも関わらず。なぜかれは翻意したのか。そのあたりの説得力ある演出には欠けるかもしれない。

 この映画が戦後の場面から始まるならば、なぜ杉原が外務省から放逐されたのか、そこをもっとわかりやすく描いてもよさそうなものだ。全般に、杉原がええかっこを見せる場面はわかりやすく、それ以外はあやふやに描いている演出はなにか圧力でもあったのかと勘ぐってしまう。

 以上、いろいろ欠点について書いてきたが、この映画は多くの人に見てほしいと思う。その結果、日本人は偉かったという単純な結末に落ち着くのではなく、個人と国家が対峙するときの、個人の責任と勇気ある行動に着目すべきと考える。そもそも、「戦争中に外国人を助ける偉い日本人」などという事例に遭遇するほうが極めてまれなのだから。

139分、日本、2015 
監督: チェリン・グラック、エグゼクティブプロデューサー: 奥田誠治、脚本: 鎌田哲郎、松尾浩道、撮影: ゲイリー・ウォーラー、音楽: 佐藤直紀
出演: 唐沢寿明小雪、ボリス・シッツ、アグニェシュカ・グロホフスカ、ミハウ・ジュラフスキ、ツェザリ・ウカシェヴィチ、塚本高史濱田岳二階堂智小日向文世