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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

リリーのすべて

映画

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 1930年代(映画では1920年代)に世界で初めて性転換手術を受けて男性から女性になった画家とその妻の愛の物語。


 主人公はアイナー・ヴェルナーというデンマークの画家で、同じく画家(イラストレーター)の妻ゲルダと仲良く暮らしていた。ある日、ゲルダの要請により、女性モデルのピンチヒッターを引き受けたことから、アイナーの中に女装への抑えられない欲望が沸き起こる。最初のころこそゲルダも面白がってアイナーに化粧を施したりドレスを着せて街を歩いたりしたが、やがてアイナーの女性願望が本物であることを知って、戸惑い悩む。戯れに「リリー」と彼を呼んだことがそのままアイナーのアイデンティティへと変化する。当時、性同一性障害は病気とみなされていて、アイナーは過酷な治療を受けることとなる。だが、ついに彼の状況を改善するためには性転換手術が必要だというドイツ人医者が現れ、彼もそれを望むようになる。。。

 アカデミー賞を受けたアリシア・ヴィカンダーの苦悩の演技が絶品だ。夫を深く愛するがゆえに、彼が女になろうとすることを肯定できない。けれど、本当に望むことをかなえてやりたいという深い愛もまた本物なのだ。この映画を見ながら「わたしはロランス」を思い出した。トランスジェンダーな男(女)を愛した女の深い悲しみが流れている点では同じだが、二つの作品はずいぶん雰囲気が異なる。ポップな色遣いや派手な音楽を使った「わたしはロランス」に比べて、「リリーのすべて」はしっとりと落ち着いた映画である。何よりもゲルダの悲しみや深い愛情が痛いほど伝わってくる。

 ゲルダの愛は変わらない。どれほど相手が変わってしまおうとも、もはや自分を性愛の対象とは見てくれなくても、それでもいい。それでも愛している。それでも別れたくない。たとえ彼が「リリー」に姿を変えても、ゲルダは永遠にリリーの中にアイナーを見ていた。いつもアイナーを探していた。理性では彼女がリリーであることを理解し、肯定しても、男と女として愛し合った日々はゲルダから消えることはなかったのだ。だからこそ、ゲルダはあらゆる危険を賭しても、アイナーが本物の女になることを助けた。これほど深い愛があるだろうか。

 エディ・レッドメインは元々女性的な線の細い役者だから、リリーを演じてもそれほど違和感はない。それほどないとはいえ、まったくないわけではないところがちょっと辛かった。ゲルダの複雑な内面を見事に演じたアリシア・ヴィカンダーの悩める演技は本当に素晴らしい。彼女自身が悩みながら演じたのではないか。その役者としての悩みや戸惑いが地のままにゲルダの中に投影されているかのようだった。

 あまりにも深くて悲しい愛に涙が出た。報われない愛を生きる人なら、この映画に共感するだろう。

 LGBTに関心の深い人々からは本作に批判も出ているらしいが、この美しい映画に込められた社会批判は時代を超えて生きている。この作品は、観客の立場や生き方によってさまざまに受け止め方が変わるだろう。そういう意味で、とても優れた作品だ。

THE DANISH GIRL
120分、イギリス/ドイツ/アメリカ、2015 
監督: トム・フーパー、製作: ゲイル・マトラックスほか、原作: デヴィッド・エバーショフ『世界で初めて女性に変身した男と、その妻の愛の物語』、脚本: ルシンダ・コクソン、撮影: ダニー・コーエン、音楽: アレクサンドル・デスプラ
出演: エディ・レッドメインアリシア・ヴィカンダー、ベン・ウィショー、 
セバスチャン・コッホアンバー・ハードマティアス・スーナールツ