吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

MERU/メルー

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 1月に見た映画。映画館に見に来ている観客は年寄りばかりだった。こういう映画を若者が見に来ないという点が問題。というか、残念。

 ヒマラヤ山脈にあるメルー中央峰の「シャークスフィン」と呼ばれる断崖絶壁の頂上は、誰も登ることのできない危険な途。2008年に挑戦して目の前に山頂が見えながら撤退した3人の登山家が再び危険極まりないルートに挑戦する。そんな彼らの姿を追ったドキュメンタリー。3人のメンバーのうち一人はプロカメラマンのジミー・チンであり、彼は自らが登山する様子を撮影しながら困難なルートをロッククライミングするという神業をやってのけた。その驚異の映像に目が釘付けになる。

 エベレスト登山とは違ってシェルパを雇って荷物を持たせることができないこの直登ルートは、登山家自らが90キロの荷物を担いで氷壁を登っていかねばならない。途中、岸壁に宙づりになってテントを張るのだ。信じられないような光景が続く。

 映画はコンラッド、ジミー、レナンという登山家たちのインタビュー証言と、実際にクライミングしている最中の映像とを交互に映し出す。過去の彼らの人生も回顧され、大きな雪崩に巻き込まれたジミー・チンの恐怖の映像も見られる。とにかくもう口をあんぐり開けているしかないような過酷な登山の光景が次々に現れてくるので、映画館のゆったりとした椅子でぬくぬくと映画を観ているのが申し訳ないような気になってくる。 

 なぜ登るのか、なぜ挑戦するのか、何を求めてるのか。そんな問いかけはそもそも無意味なのだ。これは彼らにとって生きることそのものなのだから。重傷を負ったレナンが驚異の回復力を見せて再びメルーに挑戦するさまもすさまじいし、親友を目の前で喪った経験を持つコンラッドの苦悩にも胸をつかれる。

 クライミングの過酷さだけではなく、彼らの生活や生き様のドラマにも魅かれる、一見の価値あるドキュメンタリーだ。お薦め。

MERU
90分、アメリカ、2015
製作・監督:ジミー・チンエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ、音楽:J・ラルフ
出演:コンラッド・アンカー、ジミー・チン、レナン・オズターク、ジョン・クラカワー、ジェレミー・ジョーンズ、ジェニ・ロウ=アンカー

 

フルートベール駅で

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 本日、研究会「職場の人権」の例会があり、久しぶりに参加した。報告は伊藤太一さん(大阪経済大学経済学部教員)「アメリカ労働運動の新潮流と“サンダース現象”」。伊藤先生は非常にお話が上手で、身振り手振りでサンダースの物まね演説をされたりして、とっても面白かった。面白いというと語弊があるが、興味深いお話がいろいろ聞けた。近々研究会の会誌で報告内容が掲載されるので、興味のある方にはぜひご覧いただきたい。

 して、そのお話のなかで、アメリカ社会の差別の激しさを表す事例として「つい最近も、一人の黒人少年を白人警官が取り囲んで射殺してしまうという事件が起きた。その様子をスマホで撮影していた人たちがネットに動画をアップしたために暴動に発展した」というアメリカ留学中の話を紹介された。それでこの映画のことを思い出した次第。2014年に見た作品だが、今頃感想をアップします。

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 2009年1月1日の未明、一人の黒人青年がサンフランシスコ近くのフルートベール駅で警官に射殺された。その様子を乗客たちが携帯で撮影していて、映画の巻頭はその実際の映像が流れる。不吉な銃声とともに暗転した画面はその前日に戻る。

 ある日突然、不当にも無抵抗な状態で警官に撃ち殺されてしまった青年が、予期せぬ死の1日前をどのように生きたのかを淡淡と描く。ドキュメンタリータッチを狙った画面は手持ちカメラが揺れてちょっと見難い。画質も粗くて、それはそもそも狙ったのかもしれないが、あまり感心しない。

 この手の映画にはコロンバイン高校の乱射事件を描いた「エレファント」があった。事件が起きるまえのごく普通の日常生活を描く、という手法。だからこの映画の作り方じたいに新鮮味は感じないし、そもそもコロンバイン事件ほどに衝撃度が高くない事件だから、インパクトが薄いのかもしれない。しかしこの映画には、実際の事件がその現場に居合わせた人々によって一部始終を撮影されてしまい、ネットに出回ったその映像を映画で使用したという点に目新しさがある。近頃話題のフェイクドキュメンタリーではなく、実際の素人映像を取り入れたドラマである。

 罪なく殺されてしまった黒人が決して品行方正な人間ではなく、たとえこの時に殺されていなくてもろくな死に方をしないだろう、と思わせるような人物であるところがこの映画のリアルな点だ。前科があり、遅刻を理由に店を解雇されたばかりで、ひょっとしたらまたヤクの売人に逆戻りしそうな危なっかしい崖っぷち。

 それでも4歳の娘と恋人といっしょに生活を立て直そうとはしているのだ。彼はどこにでもいる母親思いの青年で、娘を可愛がり、見ず知らずの人にもつい親切にするし、犬がひき殺されれば抱きしめてやる、そんな優しい面も持っている。長所も欠点もふつうに持っている人物なのだから、つまりはどこにでもいる若者に違いない。「ろくな死に方をしないのでは」と思わせるような人物だからといって、殺されていい人間など一人もいないはずだ。

 どっちに転ぶかわからない彼の人生。まさにそんなときにあっけなく死はやってくる。電車の中でヤクザな男たちにからまれて喧嘩になり、警官がとんできて逮捕されてしまうという展開に、不安の序曲が鳴り始める。逮捕された彼と仲間たちが警官に不当逮捕を抗議し、警官の姿を携帯で撮影したばかりに、撮影された若い警官はパニックに陥る。そして悲劇が。

 主人公の死という結論を知って見ている観客には、彼の一挙手一投足が死へのプレリュードのように思えて、切ない。人間はこんな風にある日突然命を落とすことがある。彼を殺した警官と差別への怒りもさることながら、命のはかなさの無常観に包まれたラストだった。(レンタルDVD)

FRUITVALE STATION
85分、アメリカ、2013 
監督・脚本: ライアン・クーグラー、製作: ニナ・ヤン・ボンジョヴィ、フォレスト・ウィテカー、音楽: ルートヴィッヒ・ヨーランソン
出演: マイケル・B・ジョーダン、メロニー・ディアス、オクタヴィア・スペンサーケヴィン・デュランド、チャド・マイケル・マーレイ

 

ニュースの真相

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 見ごたえのある社会派作品。「事件」からまだ10年数年しか経っていないこと、登場人物がほぼ実名であることなど、生々しさがあるため、映画ではかなりの省略が行われている。そのため、日本の観客には説明不足で不親切な展開であり、劇場公開が短い期間で終わってしまった残念な作品だ。

 そもそもアメリカ三大ネットワークの一角を占める大メディアの看板番組で失態が起きた、ということが予備知識なしには理解できない。主人公メアリ・メイプスの手記が原作となっているだけあって、彼女の心理が手に取るようによくわかり、脚本のうまさ以上にケイト・ブランシェットの好演が光っている。キャリアの絶頂にあったプロデューサーが、大統領選挙中のブッシュの軍歴詐称事件に飛びつく。つかまされたのは偽の証拠だったのだが、軍歴詐称(兵役逃れ)があったことは間違いない、と最後までメアリ・メイプスは信じている。だが、ネットで右翼ブロガーが「文書は偽物」と断じたことが波紋を呼び、ブッシュの問題は等閑視され、「偽の証拠で大統領を窮地に陥れようとした左翼女が悪い」という非難が囂々と起きるのだ。人気アンカーであったダン・ラザーもあおりを食って降板となるわけだが、ダンとメアリの関係が疑似父娘のようでありまた強い同志愛に結ばれていて、快い。

 偽文書をCBSに送り付けた人物に「嘘をついた」と無理やり言わせようとするインタビューの光景がまるで査問かリンチのようで痛々しかった。この場面が強く印象に残っている。報道する者の自己抑制や良心と、真実をあくまで追求するアグレッシブな態度は、どちらがジャーナリストに必要な素養なのだろう、と考えさせられた。人を傷つけてまで真相を暴くことが本当に正しいのか? そして、その「些細な瑕疵」と「大きな権力の腐敗」を秤にかけたときに、後者がないがしろにされ、会社組織が保身のために身内を切っていく理不尽さにも強い憤りを感じずにはいられない。非常に後味が悪い結末だけれど、意外と爽やかなのは、ケイト・フランシェットの魅力のなせる技か。

 これもアーカイブズ映画の一つ。過去の記録の山から必要な書類を探し出す姿には、「おお、やっぱりアーカイブズって大事よね」と思わせられる。

 本作を理解するうえで、「米大統領選、情報操作とメディア 持田直武 国際ニュース分析」がとても参考になる。http://www.mochida.net/report04/9apjm.html

 ところで、FEAてなんの略? Fだけはわかったけど、EとAは聞き取れなかった。(レンタルDVD) 

TRUTH
125分、オーストラリア/アメリカ、2015
監督:ジェームズ・ヴァンダービルト、製作:ブラッドリー・J・フィッシャーほか、製作総指揮:ミケル・ボンドセンほか、原作:メアリー・メイプス、脚本:ジェームズ・ヴァンダービルト、音楽:ブライアン・タイラー
出演:ケイト・ブランシェットロバート・レッドフォードトファー・グレイス、エリザベス・モス、ブルース・グリーンウッドデニス・クエイド

 

天使のいる図書館

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 町興し映画にありがちな安易で残念な作品かと思ったけれど、どうしてどうして、図書館員がちゃんと仕事をしているところが描かれる、よい作品だ。でも主人公は変な図書館員で、あんなのは採用試験の面接で落ちるでしょとか、あんな司書がいるわけないでしょとか、なんで新人をレファレンスカウンターに座らせるのよ、ありえーんとか脳内ツッコミをしながら見ておりました。

 舞台は奈良県葛城地域にあるとある公共図書館。実際の図書館を使ってロケしているので、地元の人にはああ、あそこね、とわかるだろう。空撮で葛城地域の田園風景を映したあと、カメラはぐっと寄りながら主人公さくらが自転車で出勤する様子を映し出す。田んぼの真ん中をヘルメットをかぶって全力ダッシュで自転車をこいでいる様子はほほえましく、この主人公がとっても元気な若者であることがわかる。で、彼女はなんとレファレンスカウンターに座っているのである。確かに知識は豊富なのでレファレンサーの潜在能力は高そうだけれど、いかんせんコミュニケーションがまったくなっていない。おまけに大きな眼鏡をかけて髪を無造作に束ねているところも図書館員のステレオタイプで、思わず失笑。まあこれはコメディなんだからこれぐらいはしゃあないか。

 などと言っているうちに、一人の上品な老婦人が沈んだ表情で閲覧室のソファに腰かけている様子が目に留まる。これが香川京子なのよね。すっかり年を取ったけれど、上品なおばあさんです。おばあさんが気になるさくらちゃんは、余計なお世話を発揮して香川京子おばあちゃんが持っていた写真を見て「この場所を教えてあげます」と勝手にレファレンス。おまけに図書館外におばあちゃんを連れ出して案内してしまう。館長らしき女性はあきれた顔でその様子を見ていたけれど、特に止めるでもない。このあたりがいい図書館ですねー。既存のやり方にこだわらない。前例なんかどうでもいい。レファレンス担当が勝手に席を外して利用者を連れて館外レファレンスをしても上司は叱らない。いいんじゃなーい。

 とまあ、ここまでは図書館員のステレオタイプのおかしさと、そのステレオタイプを大胆にもはみ出す主人公さくらの変人行動で笑わせる話かと思わせておいて、実はこれ、団塊世代のロマンスものだったんですねー。この意外な展開にはびっくり。 

 主人公以外は実にまっとうな図書館員ばかりで、特に館長だか現場主任だかのベテラン女性がとてもよろしい。客扱いもわきまえていて、部下もきちんと指導する。汚れた本を丁寧に洗浄している場面にも心を打たれるが、修復方法はあれでよいのか? スプレーしているのはエタノールなのかなぁ。などと図書館員としましては、細部が気になってしょうがなかった。
 このおばあさんとの交流を通してさくらが成長していくというビルディングスロマンの典型物語なんだけれど、ステレオタイプのお話が嫌味じゃなくて爽やかなのは、図書館員の仕事や本の大切さがきちんと描かれていたことと、役者の魅力によるんだろう。小芝風花ちゃん、とってもかわいいです。森本レオさんも素敵な声は相変わらず。

 「人生のラストシーンはあの人と一緒にいたい。二人でただ笑いながらススキの野原を歩きたい」。そういう香川京子おばあちゃんのセリフには思わず涙。想いは50年経っても変わらないのだ。

 映画を観終わった後、わたくしが「夜明けの歌」を一人高らかに熱唱したことは言うまでもない。実に効果的に使われています。名曲ですよ!

108分、日本、2017
監督:ウエダアツシ、製作:露崎晋ほか、原案:山国秀幸、脚本:狗飼恭子、撮影:松井宏樹
出演:小芝風花横浜流星森永悠希、飯島順子、籠谷さくら内場勝則森本レオ
香川京子

 

ローマに消えた男

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 独特の雰囲気を持った不思議な映画。
 てっきりコメディかと思ったら意外にシリアスで、さらにはミステリアスな味付けもある、というお話。なんだか最後はキツネにつままれたような気分がした。
 野党の政治家が、スランプに陥って失踪してしまう。困った秘書は一計を巡らせ、彼の双子の兄を替え玉に仕立て上げるのだ。政治なんか関係ないはずの哲学者の兄はどういうわけか嬉々として演説を始め、すっかり聴衆の人気をさらってしまう。この人がちょっとねじの緩んだ哲学者、というところがミソなんだろうな。政治家よりも哲学者のほうが物事の本質をとらえているという皮肉か。

 25年前に別れた恋人のところに逃げ込む政治家、というのもなんだかおもしろい。しかも彼女はフランスに住んでいて、夫と子どもが居るんだよ。それでもにっこり微笑んで彼を家に泊め、仕事まで世話をするんだ。この恋人がヴァレリア・ブルーニ・テデスキ。中年の落ち着いた雰囲気を漂わせて、大変好演している。
 本音でズバズバ面白いことをいう哲学者が政治家として成り上がっていく様子は日本やアメリカのポピュリズムを見るようで少々寒くなるような状況なんだが、そこもこの映画の政治風刺という点がよくできているといえよう。こんな映画、絶対に日本では作れないね。
 最後は本当に不思議な終わり方。これ、どういうことでしょう。観客も誰もが騙されている?(レンタルDVD)

(2013)
VIVA LA LIBERTA
94分
イタリア/フランス
監督:ロベルト・アンドー
製作:アンジェロ・バルバガッロ
脚本:ロベルト・アンドー、アンジェロ・パスクィーニ
撮影:マウリツィオ・カルヴェージ
音楽:マルコ・ベッタ
出演:トニ・セルヴィッロ、ヴァレリオ・マスタンドレア、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、ミケーラ・チェスコン、アンナ・ボナイウート

 

2016年のマイベスト

 今日一日で映画評26本をアップしました。なんとか2016年中に見た映画の中で、これは、と思うものを掲載することができました。

 さてそこで、恒例のマイベストについて言及。

 今年も見た映画の本数が少なくて、とてもこの中から1年のベストを選べるほどではないので、あくまでわたしが見た作品の中での、わたしの好みによるベストであります。

 また、順位や点数をつけることを本意とはしていません。素晴らしい映画を多くの人に見てほしいという思いと、映画製作者にはいい作品を作ってほしいという応援の意味でのマイベストと理解してもらえればうれしいです。

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 2016年に見た映画は143本(「シン・ゴジラ」は2Dと4DXを鑑賞)、うち映画館で見たのは試写を含めて92本。51本が自宅で。今年は年末近くになってテレビを買い替えたので、ようやくブルーレイを見られるようになった。ついにブラウン管テレビとおさらばしたのであった。

<ベスト1は甲乙つけがたく、3作>
ハドソン川の奇跡
レヴェナント:蘇えりし者
レッドタートル ある島の物語

 ※完成度は「ハドソン川の奇跡」が最も高いと思うけれど、「レヴェナント」はこれぞ映画でないとできない表現に酔いしれた。劇場で見なければこれほどの感動は得られないだろう。自宅のTVモニターで見るのはお薦めではありません。「レッドタートル」はとことんシンプルなアニメ。これはもう、ある年代以上の人間の琴線に触れるとしか言いようがなく。

<ベスト10まで>
消えた声が、その名を呼ぶ
弁護人
君の名は。
この世界の片隅に
シン・ゴジラ
淵に立つ
手紙は憶えている

<番外編>
久しぶりに見直して、やっぱり面白かったので、これを特筆。
マルサの女 

<見て損はなし、お薦め映画>

ロング・トレイル! 
湯を沸かすほど熱い愛 
64 ロクヨン 前編 後編 
木村家の人びと
グローリー 明日への行進
ザ・ウォーク 
スポットライト 世紀のスクープ 
はじまりのうた 
ペレ 
リリーのすべて 
帰ってきたヒトラー 
10 クローバーフィールド・レーン 
不屈の男 アンブロークン 
スティーブ・ジョブズ 
X-MEN:ファースト・ジェネレーション
X-MEN:ファイナル ディシジョン
X-ミッション 
アイヒマン・ショー 
アウトロー 
イレブン・ミニッツ 
エンド・オブ・キングダム 
エンド・オブ・ホワイトハウス(2013)
オデッセイ
おまえうまそうだな 
カルテル・ランド 
キューポラのある街
ザ・ギフト  
サウルの息子 
さざなみ 
さよなら歌舞伎町
ズートピア 
でんげい 
にあんちゃん 
ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります 
ビッグアイズ 
ファインディング・ドリー 
ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期 
ブリッジ・オブ・スパイ  
ブルーに生まれついて  
ブルックリン 
ボーダーライン

マイケル・ムーアの世界侵略のススメ
マネー・ショート 
みなさん、さようなら
ミルカ 
ルーム 
ローマでアモーレ 
海よりもまだ深く 
駆込み女と駆け出し男
県庁の星
団地 
殿、利息でござる 
怒り  
二ツ星の料理人  
アーロと少年
ああ野麦峠 
キャロル 

<その他、今年見た映画>この中にもお薦め作はたくさんあり、ブログに感想を書いた。

うさぎ追いし 山極勝三郎物語
Mr.ホームズ 名探偵最後の事件
X-MEN:アポカリプス 
X-MEN:フューチャー&パスト
あーす 
アントマン
イタリアは呼んでいる
イット・フォローズ 
インサイダーズ 
インデペンデンス・デイ:リサージェンス 
インフェルノ 
ウルヴァリン
ウルヴァリン:SAMURAI
エヴェレスト 神々の山嶺(いただき) 
エクス・マキナ 
オーバー・フェンス 
オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分 
グランド・イリュージョン 見破られたトリック 
クリーピー 偽りの隣人 
クローバーフィールド/HAKAISHA 
コードネーム U.N.C.L.E.
シークレット・オブ・モンスター 
シーズンズ 
ジェイソン・ボーン 
シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ 
ジャージー・ボーイズ
スタートレック ビヨンド 
ストリート・オーケストラ 
スノーホワイト/氷の王国 
ゼロ・ダーク・サーティ 
ダーク・プレイス 
ティエリー・トグルドーの憂鬱  
デッドプール 
トラッシュ! -この街が輝く日まで-
ドリーム ホーム 99%を操る男たち
トリコロール 赤の愛
バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生 
ひだるか
ファブリックの女王 
ブラック・スキャンダル 
ヘイル、シーザー! 
ペット 
マギーズ・プラン 
マクベス  
マジカル・ガール 
マネーモンスター 
マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章 
リストランテの夜
レジェンド 狂気の美学
レッドファミリー 
ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー 
われらが背きし者 
愛を積む人
偉大なるマルグリット
歌声にのった少年 
花のように、あるがままに
海すずめ 
奇跡の教室 
教授のおかしな妄想殺人 
君がくれたグッドライフ 
私の少女 
傷物語1 
杉原千畝 スギハラチウネ  
世界一キライなあなたへ 
太陽のめざめ 
大統領の陰謀
追憶の森 
島々清しゃ 
僕だけがいない街 
誘拐の掟 
龍三と七人の子分たち 
薔薇の名前
蜩ノ記 

 

 

弁護人

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 ここ数年来見た韓国映画で最も素晴らしかった。後に大統領になったノ・ムヒョン盧武鉉)の弁護士時代を描いた物語。どこまでが実話なのかよくわからないが、盧武鉉が最初から人権派弁護士ではなかったことは確かだろう。彼が劇的に変わっていく様子が迫真の演技で描かれ、深い感動を呼ぶ。

 高卒で司法試験に合格したソン・ウソクは、貧しい生活の中、日雇い労働の傍らで懸命に勉強に励んで弁護士になった。学歴コンプレックスから、彼はひたすら金儲けに余念がなく、成り上がることを夢見る。周囲の弁護士に馬鹿にされながらも、不動産登記専門弁護士だの税務専門弁護士だの、名刺を作って配りまくるのだ。商才のある弁護士だったのだろう、ソン・ウソクはたちまち釜山でも最も稼ぐ弁護士と言われるようになる。本人も金が儲かることが嬉しくてたまらない。

 ようやく金が溜まったため、貧しかった7年前に食い逃げをした食堂を訪ねて謝罪し、お金を女店主に返そうとするソン・ウソクだったが、店主はお金を受け取らず、ソン・ウソクを暖かく受け入れる。その日から、ソン・ウソクは店主を「アジュマ(おばさん)」と呼んで親しみ、毎日昼食の豚汁飯を食べに通うのだった。

 時代は1981年になっていた。光州事件後のクーデータで大統領になった全斗煥(チョンドゥファン)政権は冤罪事件を捏造し、国家保安法違反の疑いで多くの学生たちを逮捕・拷問していた。食堂の女主人の一人息子パク・ジヌも被害者の一人となった釜林事件が起きる。警察当局のでっち上げにより、反政府活動家のアカだとされたジヌは、拷問を受けて嘘の自白を強要されていた。ジヌの裁判が始まろうとしているとき、食堂のおばさんに泣きつかれたソン・ウソクは、二人を救うためにさまざまな困難を跳ねのけて裁判に立ち向かうこととなった。

 ジヌが逮捕されるまでは、お気楽な弁護士稼業で稼いで上機嫌なソン・ウソクの様子がコミカルに描かれるが、ジヌが逮捕され、拷問を受ける場面からは一転してシリアスな社会派作品の様相となる。ソン・ウソクが人権派弁護士へと転身するきっかけとなるジヌの逮捕・拷問は、ソン・ウソクにとって大きな衝撃だったのだ。明らかな拷問の痕を見て、ソン・ウソクは怒りに身を震わせる。そこから懸命の弁護が始まるのだ。

 ここからの法廷劇は手に汗握る展開となる。見事なソン・ウソクの弁論は、時に裁判長を恫喝し、時に同僚弁護士からの非難も浴び、検察には睨まれることとなる。一旦引き受けた事件を決して諦めることなく、ソン・ウソクはジヌの無罪を証明すべく着実に反証を積み上げていく。しかし、決定的な拷問の証拠が見つからない。とうとう最終弁論の日がやってきた。

 ソン・ガンホの熱演は、この法廷劇でクライマックスを迎える。これほど胸のすく弁護もなかろう。法廷に出ることもない弁護士だったはずが、堂々と検察と渡り合い、裁判長に詰め寄る。彼を変えたものは何だったのか。それは、いま目の前にいる若者とその母親を救いたい、その一心だった。ソン・ウソク弁護士は決して社会主義思想や反政府思想の持ち主ではなかった。彼を動かしたものは、世話になったアジュマと、その息子への恩義と愛情だったのだ。
 「岩に卵をぶつけても卵が割れるだけで岩はびくともしない。権力に立ち向かうのは無謀で無駄なことだ」と言うソン・ウソクに対して、ジヌが語った言葉が胸に響く。
「卵はやがて孵り、鳥となって岩を越えていく」

 事件の顛末はその後どうなったのか、ジヌはその後どのような人生を歩んだのか、知りたくてたまらなかった。その後、ソン・ウソク弁護士ならぬ盧武鉉は大統領となり、やがて辞任後に身内の不祥事などを苦にして自殺してしまう。その後の歩みを重ねてみるとき、この映画で描かれた弁護士は後の大統領と必ずしもイメージが一致しない。その断絶もまた知りたいものだ。

 この映画は、人が与えら得れた状況の中で変わっていくこと、変わることができることを深い感動を以て描いた。心に残る作品だ。

THE ATTORNEY
127分、韓国、2013
監督:ヤン・ウソク、脚本:ヤン・ウソク、ユン・ヒョンホ、撮影:イ・テユン、音楽:チョ・ヨンウク
出演:ソン・ガンホ、キム・ヨンエ、オ・ダルス、クァク・ドウォン、イム・シワン、ソン・ヨンチャン、チョン・ウォンジュン、イ・ソンミン、イ・ハンナ、リュ・スヨン