吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

書評会:小杉亮子『東大闘争の語り―社会運動の予示と戦略』

 当館エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)に恵投いただいた図書の書評会が開かれるので、お知らせします。以下、主催者からの案内文を転記します。

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【社会運動史を学びほぐす―小杉亮子『東大闘争の語り―社会運動の予示と戦略』を読む】

今年5月に刊行された『東大闘争の語り――社会運動の予示と戦略』(小杉亮子著・新曜社)の書評会を開催します。

1968~1969年に東京大学で起きた東大闘争では、大学における学生自治や学術研究の自律性、さらにベトナム戦争などをテーマに学生たちが抗議活動を起こし、長期間にわたってキャンパスを占拠、授業をストライキしました。

『東大闘争の語り』では、社会学的観点から、闘争に参加した学生たちの動機と論理、キャンパスの占拠や授業ストライキといった抗議方法を選んだ理由、異なる立場をとる学生たちの相互作用によって複雑に展開していく闘争のプロセスなどに迫っています。

書評会では、本書にたいする感想や疑問を参加者で議論するだけでなく、そこをきっかけに、社会運動史研究や1960年代の社会運動が現在に持つ意味についても話し合いたいと考えています。未読の方の参加も歓迎します。

日時:2018年11月11日(日)14:00~17:00
場所:多目的カフェ「かぜのね」多目的スペース
京都市左京区田中下柳町7-2 http://www.kazenone.org/access.php
京阪・出町柳駅叡電口から徒歩1分。出町柳駅を背にして左に進むと、右手にカフェと美容院のあいだの細い路地が見えます。この路地に入っていくと、すぐ右手に「かぜのね」の建物があります。

プログラム内容:
14:00-14:15 会の趣旨説明――司会:森啓輔[日本学術振興会
14:15-14:30 著者による本書の概要説明――小杉亮子[日本学術振興会
14:30-15:30 コメンテーターによるコメント――田村あずみ[滋賀大学]・原口剛[神戸大学
15:30-16:45 フロアとの質疑応答・コメント応対――オーガナイズ:大野光明[滋賀県立大学
16:45-17:00 まとめと閉会

会企画:小杉亮子・大野光明・森啓輔

クワイエット・プレイス

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声を出してはいけないという映画内のお約束のために、ずいぶん静かな映画なのだが、どっこい劇伴の音楽がものすごく怖くて、全然クワイエットじゃない!
 しかしまあ、あまりの緊張に見ているほうも息を詰めてしまうような映画だった。この映画が90分以内に収まっていることを神に感謝しましたよ。これが150分ぐらいあったらもう耐えきれません。 
 時は2020年、隕石が落下するのと同時に「何か」が地球にやってきた。その日から3か月ほどで人類は滅亡の危機に瀕していた。その「何か」は音に反応して人間を殺すのだ。音を立てたら即死! という状況下でも生き延びた人々はいた。それが主人公一家である。音を立てないために裸足で歩き、道路には砂を撒いて足音がしないように工夫する。食器は使わず葉っぱを食器代わりに料理を置いて食べる。一家の一番上の娘が聴覚障害者なので、一家全員が手話を使えるというのがこの家族の強みだったようだ。
 それにしてもくしゃみも咳もせずに生きるなんて絶対無理なのにどうやって音を立てずに生きてきたんでしょうか、この人たちは。それでもまあなんとか工夫を凝らして、田舎の農家であることが幸いして食べ物には困らないようだ。たまには住民が居なくなった廃墟の町に出かけてスーパーで薬を調達したりする。
 しかしそんな一家に最大の難関が訪れる日は近い。主婦であるリーが出産の日を迎えるのだ。どうやって声を出さずにお産するんだろう? 赤ん坊の産声はどうするつもり? 生まれた後はずっと泣き続けるに違いない赤ん坊をどうやって育てるのか。
 この一家の創意工夫ぶりが素晴らしくて、「そう来たか」という頭の良さが大変光っている。もちろんご都合主義も垣間見られるがそこは多少は目をつぶることにしよう。一難去ってまた一難というサスペンスの連続に緊張は途切れない。ただし、興ざめの点もあって、それは「何か」の正体をわりと早くに見せてしまうこと。これが面白くない。
 この物語のテーマは家族愛だ。お互いを思いやり、支えあって生きていこうとする家族の強い愛情を描いている。サバイバルも結局はお互いを守ろうとする強い意志と技術力がものを言うのである。主人公一家の夫と妻を実際の夫婦であるジョン・クラシンスキーとエミリー・ブラントが演じている。クラシンスキーは監督も務めていて、夫婦共働きの低予算映画ながら非常に面白い。
 さて最後はどうやってこのエイリアンを退治しましょうかね。ラストシーンは胸がすくよ、素晴らしい! 母は強し!! 続編ができるそうです。これも楽しみ。

A QUIET PLACE
90分、アメリカ、2018
監督:ジョン・クラシンスキー、製作:マイケル・ベイほか、脚本:ブライアン・ウッズ、スコット・ベック、ジョン・クラシンスキー、撮影:シャルロッテ・ブルース・クリステンセン、音楽:マルコ・ベルトラミ

出演:エミリー・ブラント、ジョン・クラシンスキー、ミリセント・シモンズ、ノア・ジュープ

イコライザー2

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 前作はものすごく面白かったというのに、内容はきれいさっぱり忘れている。覚えていることは、デンゼルが強烈にかっこよい必殺仕事人で、クロエ・グレース・モリッツがまだ十代なのに既に中年体形になって貫禄ある二の腕を見せていたことぐらい。なので、前作と本作とのつながりがあるのかないのかもわからない状態から鑑賞開始。だから、前作と比べてどっちが面白いとかどうとかはまったく言えないんだけれど、主人公のマッコールが元CIAの殺し屋で、凄腕で、身近にあるものすべてを武器に変えて戦うという基本路線は観客も了承済みという設定でお話が始まっていることだけは了解できた。
 舞台はトルコから始まり、ブリュッセルに飛び、ボストンに変わり、と目まぐるしくロケ地が登場する。なんで一介のタクシー運転手であるマッコールがトルコに行く金があるのか? 自宅を大改造する金があるのか? まともに考えたら不思議なことはいっぱいあるんだけれど、とにかく彼はハイテク技術をすべて導入し、しかもそれらはすべてDIYで済ませるという技術力の高さを誇る。
 前作では年若い娼婦を助けるおじさん役だったのが、今度は才能ある青年が不良組織に落ちていくのをとどめるという役割。どっちにしてもマッコールおじさんは正義の味方で、幾分説教臭くて、破壊力抜群で、異様な整理整頓好きで、読書好きでふだんは物静かに本を読んでいるという殺し屋である。この人物造形がたまらなく魅力的だ。やくざな仲間に引きずり込まれそうな近所の黒人青年に「自分の不幸を人種差別のせいにするな。才能を無駄にするな」と本気で説教する。それがいい。単に説教するだけではない。マッコールおじさんは体を張って青年を助けるし、弱い者の味方なのだ。しかしあれだけ派手に暴れたら警察沙汰にならんのか、不思議である。
 で、今回の敵はプロ。イコライザーイコライザーの闘いはどっちが勝つ!? しかもハリケーンがやってきて住民が避難してしまった無人の町で暴風雨をものともせず、むしろそれすら味方につけて、ありとあらゆる物を武器に変える恐るべき知識と機転。小麦粉爆弾なんて、誰が思いつくかね、普通。粉塵爆発の原理を知っていなければできない技です。
 前作をあまり覚えていないのだけれど、たぶん今作のほうが演出そのものは地味になっているのではないかという気がする。しかしアクションの面白さはなかなかのもの。
 マッコールがなじみの書店に注文していた「死ぬまでに読んでおくべき100冊」のリスト、見てみたい! 最後の一冊はプルーストの『失われた時を求めて』でありました。

THE EQUALIZER 2
121分、アメリカ、2018
監督:アントワーン・フークア、製作:トッド・ブラックほか、脚本:リチャード・ウェンク、撮影:オリヴァー・ウッド、音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
出演:デンゼル・ワシントンペドロ・パスカル、アシュトン・サンダーズ、ビル・プルマンメリッサ・レオ

 

カメラを止めるな!

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 一つ空けて隣の席の若いおにいさんは巻頭のゾンビ映画の最中からずっと笑っていた。なんで笑うのかちょっとわからなかったわたし(マジこのゾンビ映画を怖いと思っていた)だが、後半第2部でわたしも思わず声を出して笑ってしまったので、きっとこのおにいさんは二回目か三回目かリピーターなんだろう、と勝手に想像。
 というわけで、この映画は第一部がゾンビ映画で、第二部がそのメイキング映画。全編通して全部がメイキング映画なので、メタ映画のメタ映画と言える。こういうややこしい構造を持つとはいえ、お話は単純でしかも爆笑に継ぐ爆笑だから、終わってみたら「笑えたわー、面白かった」で終わるシチュエーションコメディである。後に何も残らない。とはいえ、映画愛はビンビン伝わるので、その点は映画ファンの琴線に触れるものがあり、一度は見ておくべき映画と思う。
 特に、監督の妻役のキャラクターそのものの面白さもあり、演じた役者の上手さもあって、これは瞠目すべき点かと。「ぽん!」てなによ(爆笑)。わたしはギャグマンガ「できんぼーい」を思い出して笑っておりました。


 遅ればせながらストーリーを書くと……いや、やめておこう。ネタバレは禁止じゃ!


 撮影カメラに血しぶきが飛ぶというワンカット映画ではどうしようもないアクシデントについては、ネット批評で誰かが書いていたように、わたしも「トゥモロー・ワールド」を思い出していた。やっぱりホラー映画ってこういう点が怖いです、血しぶき,血糊! 思い切り血が飛びます、ぎゃんぎゃんびゅんびゅん。それが第2部になると血しぶき飛ばす担当スタッフが登場するのでこれまた笑いのネタ。最後には本物のスタッフなのか役者なのか観客にもよくわからなくなる、という混然一体のメイキングぶりには感動しました。

 ところで、著作権法違反、という「パクリ」「盗作」の件について。アイデアや映画の構造・構成は著作物とはみなされないから、盗作と言い張るのは無理じゃないでしょうか。原案になった舞台劇と映画がどこまで酷似しているか、ほんとに裁判になったらワンシーンごとに見比べるしかないという楽しい作業を強いられる裁判官が羨ましい。

96分、日本、2018

監督・脚本:上田慎一郎、プロデューサー:市橋浩治、撮影:曽根剛、音楽:永井カイル
出演:濱津隆之真魚しゅはまはるみ、長屋和彰、細井学、市原洋、山崎俊太郎

ボディガード

 午前十時の映画祭にて8月に鑑賞。

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 この映画を観るのは10回目ぐらいかもしれない。ビデオも買ったしサントラも持っている。ビデオ発売された時のCMの惹句は「これでケビンはわたしのもの…」と色っぽい声で女性がささやいていた。全日本のおばちゃんを狂喜させたケヴィン・コスナーファンのための映画。いろんな人が駄作だとネットに書き込んでいるけれど、そんなことはどうでもいいのよ、ケヴィンがカッコいいんだから! ホイットニーの歌が素晴らしいんだから!
 この映画を観てケヴィン・コスナーの熱烈ファンになったわたしは写真集も伝記本も何冊も買ったし等身大ポスターは居間に貼っていたし。幼児だったうちのY太郎はそのポスターを見て、「父ちゃ、父ちゃ」と嬉しそうに指さしていた。長じて学生となったY太郎はアルバイト(派遣労働)でホイットニー・ヒューストンの”ボディガード”をしたのだ! 彼女の日本公演で警備員となったY太郎は無料でホイットニーの歌を聴くというおこぼれに預かったが、当時すでに相当身体を傷めていたのか、彼女の声には伸びがなく、聞いているのもつらくなるほどひどかったという。「ドラッグやってるんとちゃうか」とY太郎が言っていた通り、その2年後に彼女は急死した。
 まあしかし、冷静に見ればストーリーは杜撰で穴だらけ、ご都合主義もいいところで、主人公たちの心理のブレが突然すぎて説得力がなく、ホイットニー・ヒューストンが演じている大スターはわがまま放題の傲慢な女で、じっと耐えているケヴィンがかわいそうになるわ。おまけに、守ってもらいたい欲求を満たしてくれる男にすがりつく。フェミニストが見たら怒るよね。でもいいのよ、ケヴィンがかっこいいんだから! ホイットニーの歌が素晴らしいんだから!
 ラストのキスシーンでカメラがぐるぐる回るのはルルーシュの「男と女」以来のお約束みたいな場面で。そこにあの大ヒット曲"I will always love you"がかぶるんだから、最高よねー。この曲は映画の中で二度流れる。一度目はケヴィンとホイットニーがダンスするシーンで。その時、ホイットニーはこの曲をちょっと馬鹿にしたように笑っていたが、ラストでは朗々と歌い上げる。ほんまにいつ聞いても素晴らしい歌唱です。
 ケヴィンがかっこよすぎて引くとか、カメラワークが雑とか、サスペンスになってないとか、いろいろ悪口を言う人はいるようですが、いいのよ、ケヴィンがかっこよければそれで! ホイットニーの歌が素晴らしければそれで! そういう映画なんだから。ほんとによくできている映画だわー。数年後にもう一度見たい。

THE BODYGUARD
135分、アメリカ、1992
監督:ミック・ジャクソン、製作:ローレンス・カスダンケヴィン・コスナーほか、脚本:ローレンス・カスダン、作曲:ジャド・フリードマンデヴィッド・フォスター、音楽:アラン・シルヴェストリ
出演:ケヴィン・コスナーホイットニー・ヒューストン、ビル・コッブス、ゲイリー・ケンプ、ミシェル・ラマー・リチャード、マイク・スター、トマス・アラナ、クリストファー・バート

ビューティフル・デイ

 「レオン」のサイコファンタジー版とも呼ぶべき不思議な映画。もう四か月以上も前に見たからすっかり詳細は忘れたけれど、雰囲気だけは強烈に印象に残っている。

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 主人公ジョーは元軍人で、彼は戦場のトラウマと少年のころの家庭内暴力の記憶にさいなまれる日々を送っている。今の仕事は「闇の捜索人」。警察に届けることをためらわれる行方不明者を探して奪還するのが彼の業務だ。その過程で殺人を厭わない。しかもハンマーを振り下ろして撲殺するという強烈な殺し方は血塗られた彼の過去の傷と共振している。
 セリフはほとんどなく、ジョーのだぶりまくった腹の脂をアップで見せたり、異様な過去の光景を小出しにしてフラッシュバックさせるなど、映像センスが際立っている。映像で魅せる映画だから、ストーリーを追って起承転結を求めるような観客には向いていない。むしろ、雰囲気倒れともいえるかもしれない。髭面の巨漢ジョーが殺し屋にあるべき精悍さをまったく持ち合わせていないところが、彼の絶望感を体感させる。そのだらしない体形そのものが彼の精神の崩壊ぶりを内から外に向かって放出しているように見える。
 ある日彼が救った家出美少女は売春窟に売り飛ばされていた。薬漬けにされているのか、無反応無表情な少女はホテルの一室のベッドの中にいた。その少女を抱えて脱出するジョー。行く手を阻むものは容赦なく殺戮する。それが彼の生き方だったから。心臓の鼓動を映すかのような小刻みな打楽器音が続く。心理描写もストーリーもすべて画面から受け止めるしかない、セリフも説明もない。
 彼は救えなかった命と夢をいま、絶望のうちにつかみとろうとしているのだろうか。いつでも彼のそばには「死」がある。その魅惑的な響き、「死」。いつかその死を友として遊び相手として癒しの相手として、彼は絶壁を歩む。陰鬱極まりない日々の中でも、彼は年老いた母の世話を忘れない。母だけが家族と言える、愛する人だった。その母も老いて弱り、もはや頭脳も溶け始めている。
 ジョーの脳内イメージが画面に横溢し、観客は死の恐怖と魅惑に震える。こんな日々でも太陽は上り、少女は言う。「いい天気ね It's a beautiful day」と。 
 好き嫌いははっきり分かれるだろう、この映画。決してお薦めとは言えないのに、その深い絶望の中に切なさと希望を見たわたしは、気に入ってしまった。

YOU WERE NEVER REALLY HERE
90分、イギリス、2017
監督・脚本:リン・ラムジー、製作:パスカル・コシュトゥーほか、原作:ジョナサン・エイムズ、撮影:トム・タウネンド、音楽:ジョニー・グリーンウッド
出演:ホアキン・フェニックス、ジュディス・ロバーツ、エカテリーナ・サムソノフ、ジョン・ドーマン、アレックス・マネット、アレッサンドロ・ニヴォラ

チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛

 時は17世紀、オランダはチューリップ・バブルに沸いていた。世界初のバブル景気として有名なチューリップの先物買いの高騰ぶりは過熱の上にも過熱し、球根1個が邸宅2軒分の値段で取引されたという。その時代はまた絵画もバブル状態で、裕福な多くのオランダ人たちは画家を雇って肖像画を描かせていた。ちょうど、フェルメールが画家として仕事をしていた時期と重なるが、フェルメールの全盛期はチューリップバブルがはじけた後である。

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 というような時代背景がわかっていてもいなくても、この映画にはフェルメール作品へのオマージュが随所に見られて、とりわけヒロインが着用する目の覚めるような青いドレスが強く印象に残る。チューリップバブルがはじけたのは1637年なので、この物語はそのころのオランダの港町を描いている。

 ヒロインは修道院で育った孤児のソフィア。美しい彼女は金持ちの商人のもとに嫁ぐことによって修道院を出ていく。父親ほどの年齢差のある夫はひたすら跡継ぎの息子を欲しがった。夫はそれなりに妻ソフィアを大切に扱い、ソフィアもまた報恩の気持ちで懐妊を望んだが、結婚後3年が過ぎても子どもは授からなかった。そんな時に夫が自分たちの肖像画を描かせるために若い画家を雇うことになった。屋敷にやってきた画家ヤン・ファン・ロースとソフィアはたちまち恋に落ちる。許されざる恋人たちは、驚くべき計画を実行に移す。。。。
 ソフィアとヤンの若いカップルは人目を忍んで体を合わせる。一方、ソフィアのメイドであるマリアは出入りの魚商人ウィレムと愛し合い、大らかな性愛を謳歌する。ソフィアが痩せて神経質そうな表情でいつも夫の機嫌を伺うような様子なのと対照的に、マリアはふくよかな身体と輝くような白い肌を持ち、ウェレムとの恋にはじけた笑顔をみせる。どちらが幸せなのかは明らかだ。豊かな生活を送る令夫人よりも、メイドのマリアのほうが生きる力に満ちている。だが、そのマリアにも不幸が近づいてきていた。マリアとの結婚資金のためにウィレムはチューリップで儲けようとするのだが、その目論見のせいで彼は消息不明の身となってしまう。 

 映画の時代考証がどこまで正確なのかはわからないが、オランダの活気あふれる港町の様子がとてもよく描けていて、また、チューリップの取引が酒場の中で開かれていたことも興味深い。この物語はメイドのマリアの独白が冒頭に置かれ、自分と女主人の運命が逆転することを観客に告げる。わたしはどこで彼らの運命が逆転するのかと固唾を飲んで見守ることとなる。ストーリー展開は緊張に満ちて、サスペンスの様相も呈している。まったく飽きることなくぐいぐいとひきつけられていく。


 自らへの深い愛を知った時、狂おしい恋は冷める。愛は時間をかけて育てるもの。嵐のように過ぎた恋の季節の後にやってくるものはなんだろう。悲恋を描いた作品にもかかわらず、豊かな実りを神に感謝したくなるような感情が後に残る。
 やり手婆みたいな修道院長を演じたジュディ・デンチがさすがの貫録をみせていた。

TULIP FEVER
105分、アメリカ/イギリス、2017
監督:ジャスティン・チャドウィック、製作:アリソン・オーウェン、原作:デボラ・モガー『チューリップ熱』、脚本:デボラ・モガー、トム・ストッパード、音楽:ダニー・エルフマン
出演:アリシア・ヴィカンダー、デイン・デハーン、ジャック・オコンネル、ホリデイ・グレインジャー、トム・ホランダージュディ・デンチクリストフ・ヴァルツ