クレイアニメのこの作品が実写だったらどんな映画になっただろう、と何度も想像しながら見ていた。
劣等感に苛まれる孤独なオーストラリアの8歳の少女とニューヨーク在住のアスペルガー症候群の中年男性との文通。偶然から始まった二人の交流が20年にわたって紆余曲折を経ながらも続いていく。その間にいろんな事件が二人の周りには起きて…。という話をアニメならユーモアを交えて、節度ある距離感で観客に提示することができる。これが実写ならベタベタな話になったかもしれない。
20年の年月の流れもアニメとナレーションで描けば大河物語のような雑駁さがない。二人の手紙が自分たちの置かれた状況を自分の言葉で相手に語る、その語り方が世間=観客とずれている、ここに笑いを生む。と同時にこの二人の生きづらさの源泉を見て、観客は深い同情を覚える。
アルコール依存症の母と自分たちに無関心な父のもと、額の痣に劣等感を持って引きこもるメアリーの切ない気持ちと、高い知性を持っているに違いないのに他者の感情が理解できない過食症のマックスの恐怖と孤独に、心を裂かれる様な痛みを感じる。この二人はわたしとは全然違う性格・環境にいるというのに、なんとわたしと共通しているのだろう。容姿へのコンプレックスを抱いていた少女時代。他者と交わるのが辛かった思いも、孤独も、無神経さによって大切な人を傷つけ自分も傷つく悲しみも、みんなわたしのもの。おそらく、多くの人が多かれ少なかれ同じようなしんどさを共有しているに違いない。
ニューヨークのユダヤ人かつ無神論者マックスが淡々と語る身の上話には、笑いとともに涙があふれる。全編実はとても悲しいお話なのにそれだけではない、心が温かくなる、誰かに優しくなれるような気持ちにさせてくれる良品。アスペルガー症候群のマックスと少女メアリとの「手紙」という距離と時間のかかる交流が彼らを支えたというところが皮肉なのかもしれない。二人が本当に近づこうとするとその試みはたちまち破綻する。ひとたびは、大学生になったメアリが心理学の本を書いてマックスを怒らせたように。またひとたびは、メアリがマックスに会おうとすることで。悲しいことに、二人は決してリアルに出会ってはならないのだ。手紙だけが彼らを繋いだ。そのことが、孤独な人々の繋がりのむずかしさを表している。(レンタルDVD)
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MARY AND MAX
94分、オーストラリア、2008
監督・脚本: アダム・エリオット、製作: メラニー・クームズ、製作総指揮: マーク・グーダー、ポール・ハーダート、音楽: デイル・コーネリアス
ナレーター: バリー・ハンフリーズ、
声の出演: トニ・コレット、フィリップ・シーモア・ホフマン、エリック・バナ、ベサニー・ウィットモア