映画館はほぼ満席。あちこちから大きな笑い声が起きて、それが楽しかった。特に男性がよく笑うのはなぜだろう? 劇場で映画を見る面白さの一つに、観客の反応を楽しむということがある。この映画ではあちこちの場面で観客が笑い声を上げていたのが何よりも可笑しかった。なんであんな場面にいちいち笑うのだろう?と不思議になるほど、ロマン・デュリスの一挙手一投足に反応する人がいた。あれだけ楽しめれば元を取ったに違いない。
さてはて、ではわたしは楽しまなかったのかというとさにあらず。とっても楽しい映画でありました。モリエールを一作も読んだことのないわたしにも十分楽しめたから、モリエールファンならきっとお楽しみシーンが目白押しに違いない。金持ち上流階級を嗤う諧謔に富んだ物語には、庶民目線の笑いが満載。
先祖の中に商人が居ることを認めたくなくて必死に否定する貴族というのが印象深い。息子が商売をしたいというのを一蹴して、「わが一族が働くなどど、そんな恥さらしな!」というのには感動した。マルクス主義など近代の人間論は、「労働」にこそ価値を見いだしているのだが、貴族にとっては労働は忌むべきこと。この価値観が面白かった。労働世界が人間の本質であり働くことこそが人の個人としての自立や尊厳に関わるという価値観にわたしは疑問を持っているので、貴族的労働観に妙な親しみを感じてしまった。
それはともかく、もう一つ身につまされるのは、モリエールが年上の人妻に抱く愛。不倫に燃える二人の純愛には涙した。この映画はラブコメとして描かれているのだが、さんざん観客を笑わせて、最後は泣かせるところがツボ。しかしやっぱりフランス男の純愛などというものは信用してはいけません。年上の人妻を熱愛するいっぽうで、昔ながらの愛人にせっせと手紙を書いているところがなんともはや。
人の幸せとはなんぞや、人間性の上下は財力や身分で決まらない、というお馴染みの近代的論理で封建貴族を笑う物語。これが16世紀のお話というあたりがやはり時代の感受性にマッチしているといえよう。しかし、それから4世紀以上もたってもこの話が感情面での現実味を持っているということは、人間はあまり進化していないのだろうか?
ロマン・デュリス、これまでちっとも男前と思ったことがなかったけれど、どいうわけか本作ではかっこよかった。
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MOLIERE
120分、フランス、2007
監督: ローラン・ティラール、製作: オリヴィエ・デルボス、脚本: ローラン・ティラール、グレゴワール・ヴィニェロン、音楽: フレデリック・タルゴーン
出演: ロマン・デュリス、ファブリス・ルキーニ、リュディヴィーヌ・サニエ、ラウラ・モランテ、エドゥアール・ベール