吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

苦い銭

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 BGMなし、ナレーションなし、ほとんどテロップなしの3時間近いドキュメンタリー。

 出稼ぎ労働者が住民の8割を占めるという浙江省湖州にやってくる、雲南省出身の若者たちの働く姿を淡々と映し出した映像がつながっていく。この町の個人経営の縫製工場は18,000を数え、出稼ぎ労働者が30万人以上暮らしているという。
 列車に20時間以上揺られて雲南省からやって来た若者たちは、小さな町工場に就職し、宿舎で寝泊まりする。彼らが主人公かと思いきや、この町のさまざまな人たちが入れ替わり立ち代わり登場する。小さな店を構える出稼ぎの若夫婦はカメラの前でも平気でつかみ合いの喧嘩を始める。やらせではないのかと疑うほどの迫真の場面だ。 

 ワン・ビンの撮り方は、次々と登場人物に関連を持たせながら次のシーンへとつないでいく、という群像劇の方法を採用している。だから、ドキュメンタリーでありながらストーリーがゆるやかにつながり、人々のネットワークの広さや狭さが見えてくる。とても目の前にカメラがあると思えないほど人々は自然にふるまっている。ここまで撮影できるというのは相当に被写体の信頼を得ないとできないことだ。
 出稼ぎミシン工の賃金は時給300円にも満たない。よく稼ぐ人で日給2550円。少ない場合は1190円という労働者もいる。それは出来高制をとっているからだ。
 わたしたちが普段着ている中国製の衣服がこの映画に映し出されるような町工場で工場制手工業のもとに製作されていることを知るべきだ。彼らの犠牲の上に、わたしたちの安価な服は手に入る。田舎から出稼ぎで都会(といっても洗練さとは程遠い雑然とした汚い町)に来た男女の夢は破れ、経営者もまた採算が合わないとぼやいている。すでに中年に達している出稼ぎ者のなかには酒とギャンブルに溺れる者や、マルチ商法に手をだそうとしている者もいる。

 ワン・ビンは淡々と目の前に起きていることをただ写しているだけに見える。それは文字通り苦い銭の世界だ。銭を稼ぐという、それだけのことのためにただひたすら働き続けている。驚異の経済発展を遂げる中国の、これは「不都合な真実」なのかもしれない。

苦銭
163分、フランス/香港、2016
監督:ワン・ビン

 

クンドゥン

 ダライ・ラマ14世の出生からインド亡命までの22年間を描く伝記映画。ダライ・ラマ14世の伝記的事実をまったく知らなかったために、すべてのシーンが興味津々だったが、大腸カメラの疲れが出て途中爆睡。
 20年前の映画だけれど、ブルーレイの画像はため息が出るほど美しく、チベットの自然や宗教儀式の美しさに目を奪われた。音楽もいいなぁと思ったらフィリップ・グラスだった。
 ダライ・ラマを決める方法があんなのだったとは意外だし、ああいう方法で幼子をスカウトして、成長した暁に万が一、文字もろくに読めないようなボンクラだったらどうするつもりだろう? ダライ・ラマにされた子どもは幸せなのか? あれって人権侵害ものだと思うよ。わたしは「ラストエンペラー」で溥儀が3歳で即位するシーンを思い出した。清王朝にせよチベットにせよ、前近代的な国であるには違いない。毛沢東チベットを近代化するのが自分の責務だと思い込むのも理解できる。とはいえ、仏教徒は平和に静かに暮らしているというのに、そこに武力で踏み込んでいいはずがない。
 途中は寝てしまっていたが、中国が侵略を始めるところからはぐっと目が覚めていた。毛沢東と交渉するために北京にやってきたダライ・ラマが結局のところ何も交渉などせず、黙って毛沢東の言うことを聞いていただけ、というところが印象深い。
 常に穏やかな笑みを口元にたたえる青年ダライ・ラマは魅力的な人物だ。しかし、かれ自身が強力な政治力を持っているとは到底思えない。結局のところインドへ逃げるしかなかったという無力さと悲哀が残るラストであった。

 ところで本作は20年も前の映画だったことに今、気が付いた。古びてませんね。(U-NEXT)

KUNDUN
135分、アメリカ、1997
監督:マーティン・スコセッシ、製作:バーバラ・デ・フィーナ、脚本:メリッサ・マシスン、撮影:ロジャー・ディーキンス、音楽:フィリップ・グラス
出演:テンジン・トゥタブ・ツァロン、ギュルメ・テトン、トゥルク・ジャムヤン・クンガ・テンジン

 

予告犯

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 派遣労働者が職場でいじめに遭って退職。やがて住むところもなくなってネットカフェを転々とする日雇い労働者へと転落する。その結果、社会に対する憎悪を募らせた彼は仲間を引き込んで、ネットで次々と犯罪予告動画を流し、実行していく。その姿は新聞紙を被った紫頭巾かISのテロリストのようだが、どこか間が抜けている。
 という大筋の話は、昨今の派遣切りだの職場のいじめだの格差社会だのといった労働情勢を背景に描いてあるという点で本作は労働映画の一つと言える。 
 映画の冒頭で、いきなりこの予告犯の姿が映る。予告1、予告2、予告3、とネットに公開された動画が度重なるたびに視聴者数はうなぎのぼりになり、Twitterでの投稿も増えていく。そのTwitter投稿の文字が画面を流れる演出は「白雪姫殺人事件」で中村義洋監督が使った手法だ。ネット社会の病理と劇場型犯罪のカップリングといい、社会派作品としての風格がある映画だ。しかし、残念ながら底辺に追いやられた青年たちの反撃が、復讐と犯罪という結果になることはとうてい納得しがたい。団結して闘えよ、若者たち!と思わずわたしは画面に向かって叫びそうになった。確かに彼らは自らの境遇からの脱出をかけて団結する。しかし、その結果が、復讐心に燃えて「正義」を盾に犯罪を犯すことになるというのはいかがなものか。

 予告犯は4人だ。彼らが孤独な闘いではなく、仲間とともに結束力を見せたところがせめてもの救いだ。そして、なぜ犯罪企業や悪徳政治家を断罪するネット犯罪を犯したのか、その本当の目的が明らかになった時点で、観客は思わず涙ぐむ。そんなことのためにそんな大掛かりな罪を犯したのか。でも、それは確かにありえることかもしれない。
 「給食費を払えないぐらい貧しい生活から必死で這い上がった人間だっているのに、自分たちが貧しいことを社会のせいにするな」と叫ぶ女刑事の言葉に答えた主人公のつぶやきは、「頑張れるだけ幸せだったんですよ、あなたは」という言葉だった。いや、それは主人公予告犯の言葉ではない。自己責任論を信じる東大卒の刑事の脳内に響いた言葉なのだ。彼女の過去はわずかに描かれるだけだが、貧しい少女時代、いじめを受けたけれど必死に勉強して東大法学部に行った、でも大学では一人も友達はいなかった、そんな寂しい悲しい彼女の過去が垣間見える。

 本作が今の社会の縮図を切り取り、その病理を描いた点では評価できる。最後の暖かな笑顔が流れるラストシーンを感傷に流れる甘い結末と批判するか、わずかでもほっとできる場面として心に残る救いを良しとするか。人によって評価は分かれるだろう。わたしは、彼らが団結して闘う相手すら見失ったという悲しい末路に、今の時代の絶望を見た。と同時に、仲間を思いやる気持ちがあることに救われる。本当の救いは、その連帯意識を外に向けたときに広がる展望だろう。それを彼らに見せてやれない大人のわたしたちの責任は重い。(レンタルDVD)

119分、日本、2015
監督:中村義洋、原作:筒井哲也、脚本:林民夫、撮影:相馬大輔、音楽:大間々昂
出演:生田斗真戸田恵梨香鈴木亮平濱田岳宅間孝行、坂口健太郎小松菜奈福山康平名高達男小日向文世、寺原慎一

 

GF*BF

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 1985年から27年にわたる三人の青春物語。巻頭は2012年。双子の姉妹が高校で校則反対運動を華やかに陽気にはじけるように始める、その瞬間から始まる。姉妹の父親が学校に呼び出され、そこから物語は一気に1985年の台湾へと飛ぶ。戒厳令下に抵抗運動が盛んだった時代、高校生だった男子2人と女子1人の三角関係はその後もずっと続き、彼らは大学で学生運動に身を投じ、やがて台湾の民主化は実現するが、彼らの恋愛は自由を獲得できない。
 前半の演出がもっさりして途中で見るのがいやになったのだが、我慢していたら、最後はとても切なくていい映画だった。ただし、省略が過ぎるのではないか。人間関係がわかりにくい。美宝(メイバオ)、忠良(チョンリャン)、心仁(シンレン)という若者三人がたどる十数年の恋と友情の物語は、紆余曲折を経て、結局のところ、誰一人として本当に欲しいものは手に入らないという切ない幕切れ。それでもその切なさの向こうに今の幸せがある、と思わせるラストだった。一人の女を取り合う三角関係ではないというところが、この三角関係が永遠に解決しない哀しいところ。そう、求めるものが手入れられないからこそ、人生は味わいを深めるのかもしれない。(レンタルDVD)

女朋友。男朋友
105分、台湾、2012
監督・脚本:ヤン・ヤーチェ、音楽:ジョン・シンミン
出演:グイ・ルンメイ、ジョセフ・チャン、リディアン・ヴォーン、チャン・シューハオ

2017年の映画

前の記事でマイベストを書きましたが、それ以外に印象に残った作品、お薦めしたい作品は以下の通り。

2017年の映画の感想は遡って書いていきます。

本日早速5本書きました。

EIGHT DAYS A WEEK -The Touring Years 
TAP THE LAST SHOW ☆
あさがくるまえに ☆ 
アトミック・ブロンド ☆
インビジブル・ゲスト 悪魔の証明 
エイリアン コヴェナント ☆
エージェント・マロリー
おとなの恋の測り方 ☆
オマールの壁
キング・アーサー
キングコング ☆
クンドゥン 
ジャングルブック 
ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬
スノーデン ☆
スノーピアサー 
たかが世界の終わり ☆
ニュースの真相
ノー・エスケープ 自由への国境 ☆
ハートストーン ☆
パッセンジャー 
マグニフィセント・セブン 
マリアンヌ 
ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち
メルー ☆
わたしは、ダニエル・ブレイク 
光をくれた人 ☆
聖の青春
素晴らしきかな、人生 ☆
打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? ☆
誰のせいでもない
追憶 ☆
白鯨との闘い 
夜空はいつでも最高密度の青色だ ☆
幼な子われらに生まれ ☆
The NET 網に囚われた男 
アイヒマンを追え 
アラビアの女王
アレクサンドリア
オリエント急行殺人事件 ☆
グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状 
コクソン ☆
ザ・サークル ☆
シャトーブリアンからの手紙 
スターウォーズ 最後のジェダイ ☆
ソウルステーション/パンデミック ☆
ダンシング・ベートーヴェン
ナチスの犬 
ハクソーリッジ ☆
はじまりの街 
ローガン・ラッキー ☆
ワルキューレ
ワンダーウーマン ☆
三度目の殺人 ☆
女神の見えざる手 ☆ 
否定と肯定 ☆
未来を花束にして

パディントン2

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 前作よりかなりグレードアップした大アドベンチャーものに。アクションシーンも楽しく見どころたっぷり。随所に爆笑シーンが練り込まれ、脚本も凝っていて随分楽しめた。伏線がいちいち回収されていくのにはおお笑い。
 「リ・ライフ」で落ち目の脚本家を演じたヒュー・グラントが今度は落ち目の役者を演じる。この人、最近こんな役ばっかり。しかも似合っているからもう笑うしかない。
 前作に続いてロンドンの観光名所めぐり映画にもなっていて、さらに一層名所の中までカメラが入るから、みどころたっぷり。今回はパディントンを拾って育ててくれたおばさん熊の100歳の誕生日祝いに飛び出す絵本を買おうと思いついたパディントンが、一生懸命アルバイトをする話。ところがその高価な古本には財宝の隠し場所が暗号化されていて、それを知った悪い俳優に盗まれてしまう。しかもパディントンが犯人に間違えられて刑務所行になってしまう。
 という、パディントン危機一髪!! しかし、いつでも正直で親切、礼儀正しいパディントンはどんなにへまをしても、持ち前の明るさと一途さで回りの人間をどんどん味方につけていく魅力がある。今回は大好物のマーマレードを思い切り食べることもできるシチュエーションに恵まれるしね。
 波乱万丈の大スペクタクルは列車でのアクションまで登場し、熱気球に乗ったりとエスカレート。個人的にはヒュー・ボネヴィルのヨガが大うけ。思わず爆笑しました。
 で、最後はほろりと涙でうるうるする場面まで用意されていて、ほんとにいい映画でした。
 日本語吹き替え版しか上映してなかったからしょうがないなぁと思っていたけど、劇場内では可愛らしい笑い声が響いて、これがまた何とも言えずほほえましくて好かった。わたしもはやく孫を映画館に連れて行きたい~!

PADDINGTON 2
104分、イギリス、2017
監督・脚本:ポール・キング、製作:デヴィッド・ハイマン、原作:マイケル・ボンド、脚本:サイモン・ファーナビー、音楽:ダリオ・マリアネッリ
出演:ヒュー・ボネヴィル、サリー・ホーキンスブレンダン・グリーソン、ジュリー・ウォルターズ、ヒュー・グラント
声の出演:ベン・ウィショー 

ジオストーム

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 インフルエンザからの病み上がり第一作に相応しい、脳みそ空っぽでも楽しめる作品。

 アンディ・ガルシアが大統領でジェラルド・バトラーが科学者って、何かの間違いですか(笑)。どう見てもマフィアのドンとヒットマンにしか見えない。こういう怪しいキャスティングをするところが本作の遊びというか良さというか。ジェラルド・バトラーの弟の恋人役で登場した大統領のシークレットサービス、サラを演じたアビー・コーニッシュが可愛くて魅力的だった。彼女、これでブレイクするのでは? あ、既にブレイクしているのか。
 お話は元々荒唐無稽なものだし、説明も正しいのかどうか全然意味不明だし、でも全世界で考えうる限りすべての自然災害が起きていくというものすごいCGの迫力ある画面には圧倒された。東日本大震災の被災者にはお薦めできないけれど、何にも考えたくないときにはいいのでは。天候を制御できるというのは人類の夢でもあると思う。
 そうそう、さりげなくトランプ大統領批判も織り交ぜてあるので痛快。

GEOSTORM
109分、アメリカ、2017
監督:ディーン・デヴリン、製作:デヴィッド・エリソン、脚本:ディーン・デヴリン、ポール・ギヨ、音楽:ローン・バルフェ
出演:ジェラルド・バトラージム・スタージェスアビー・コーニッシュアレクサンドラ・マリア・ララエド・ハリスアンディ・ガルシア