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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

ブリッジ・オブ・スパイ

映画

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 スパイものの割にはアクションもなく派手なシーンはほとんどない。ひたすら交渉している場面なので途中で眠くなり、一部で記憶が飛んでいるが、全体としてはスピルバーグらしいヒューマニズムあふれる作品となっていて、なかなか良い。この「ヒューマニズム」がスピルバーグの長所でもあり短所でもあるのだが。脚本をコーエン兄弟が担当していることに驚いた。ユダヤチームの作品(ドリームチーム!)である。しかも共同脚本のマット・シャルマン(ひょっとしてこの人もユダヤ人?)は「フランス組曲」の脚本家でもあったのか。やはり上手いわ。

 ブリッジ(橋)は比喩かと思っていたが、本当に「ブリッジ・オブ・スパイ」と呼ばれる橋が存在していたことをこの映画で知った。冷戦真っ只中の「黒いスパイ機U2型機」事件については小学生のときに読んだノンフィクションで知ったのであった。そのことも鮮やかに蘇り、また、ケビン・コスナー主演の「13デイズ」(キューバ危機に対応するケネディ大統領と側近を描いた)やドイツ映画「トンネル」(東ドイツから西ドイツへ抜けるトンネルを「壁」の下をくぐって掘った実話)を思い出すなど、映画を見ながら過去作が走馬灯のように脳内で再現されていくという至福の時間を過ごすことができた。 

 米ソの対立が頂点を極め、第3次世界大戦勃発は時間の問題と思われた時代に、ソ連のスパイを弁護する役目を背負った弁護士ジェームズ・ドノヴァンが主人公。トム・ハンクスは人情味あふれるこの弁護士を熱演する。さらにそれ以上に、ソ連のスパイを演じたマーク・ライランスが素晴らしい。目線一つで老スパイの複雑な心境を淡々と演じた技に感嘆する。

 ソ連のスパイだったルドルフ・アベルと、ソ連領内で撃墜されたスパイ機のパイロットを交換する。その交渉役の白羽の矢がドノヴァンに立った。交渉場所は「壁」を構築中の東ベルリンで、期限は6日。当初1対1の交換のはずだったが、ちょうど同じ時期に東ドイツに拘束されたアメリカ人学生の交換も主張したために、交渉は暗礁に乗り上げることになる。ドノヴァンの交渉術は功を奏するのか。

 交渉の途中の細部がとても面白い。スピルバーグは細かいところを拾い上げて画面に映すのが実に上手い。たとえば、新聞記者が焚くフラッシュの球が大量に床に転がっているシーンなど、時代の雰囲気を映すのが巧みだ。東ベルリンの貧しい状況や復興が進まない廃墟の街なども丁寧に描かれている。冬の寒さの表現も秀逸で、白い息を吐きながらウィスキーをあおるドノヴァンの表情や、コートを盗られて寒さに震える彼の様子は見ているほうが風邪をひきそうだった。

 そしてドノヴァンの人間像がごく普通の家庭の夫であり父であるという点を強調している点や、似顔絵描きのスパイ・アベルの筆の巧みさや静かな誇りがにじみ出るしゃべり方など、いずれも演技・演出とも素晴らしい。

 この映画はあくまでもアメリカ側の立場で作られているので、ソ連から見ればまた別の物語が描かれるだろう。いずれの国家もスパイに対して冷たい態度をとっていたことには変わりがない。スパイ機のパイロットは「逮捕されれば自決しろ」と毒薬を持たされていたのだ。
 この映画はアメリカ人が喜ぶ映画だ。アカデミー賞に最も近い一作と言われているのもうなずける。

 トム・ハンクスの眉間の皺が印象に残った。

BRIDGE OF SPIES
142分、アメリカ、2015 
製作・監督: スティーヴン・スピルバーグ、製作: マーク・プラットほか、脚本: マット・シャルマン、イーサン・コーエンジョエル・コーエン、撮影: ヤヌス・カミンスキー、音楽: トーマス・ニューマン
出演: トム・ハンクス、マーク・ライランス、エイミー・ライアンアラン・アルダ、スコット・シェパード、セバスチャン・コッホ、オースティン・ストウェル、ウィル・ロジャース