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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

バーダー・マインホフ 理想の果てに

映画

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 バーダーとマインホフは西ドイツ赤軍(RAF)の幹部の名前。「赤軍派」はバーダー・マインホフグループからの改称であり、グループの名称はアンドレアス・バーダーとウルリケ・マインホフの二人の名前から取られている。日本ならさしずめ森恒夫永田洋子か。物語の主眼にはRAFの思想を紹介するというよりは、彼らの行ったテロの数々と逮捕後の裁判など、イベントが中心になっているため、やたら事件を起こしまくる連中だ、という印象しか残らない危惧がある。彼らの10年間の活動の歴史が、時にユーモラスに時に凄惨に描かれていく。筆致は中立的であり、製作者の視点がRAF側に寄りながらも彼らの稚拙さや間違いを鋭く描くことを怠らないため、大変見ごたえのある作品になっている。

 本作は150分の長さはあれども、決して長さは感じさせない、むしろ最後のほうの展開が速すぎてちょっとついていけないものもあるぐらいだ。戦後の政治・社会運動史のオンパレード映像が流れる場面などは、現代史の教科書みたいな映画だと思いながら見ていた。そして、われながら驚いたのは、RAFがらみの事件をすっかり忘れてしまっていること。「ああ、そういえばあったなぁ」とか「次はハイジャックか。どこでハイジャック事件を起こしたのだっけ」などと、おぼろに記憶をたどっていくが、もうほとんど初耳みたいな事件ばかりで、ついにミュンヘン事件が起きるときにようやく「ああ、この流れで黒い九月か」と納得するという有様。もうわたしの記憶力もほんとにポンコツになりました。 

 この映画の登場人物たちがかなりキャラクターが立っていて、そこが面白い。また、RAFが次々に事件を起こすため、退屈している暇もない。そういう点では150分はあっという間だ。銀行強盗、爆弾テロ、銃撃戦、ハイジャック、と並みのアクション映画も真っ青な活躍ぶりに、一緒にDVDを観ていた愚息Y太郎は「こいつら、人殺しすぎやろ。『仁義なき戦い』でももうちょっと遠慮してたぞ」とあきれていた。

 ただし、キャラクターが立っているといってもアンドレアス・バーダーはかなり軽い人物として描かれていて、とてもじゃないが大きな組織のリーダーとしてはふさわしくないと思える。一方、ウルリケ・マインホフは赤軍派を結成する前からすでに左翼ジャーナリストとして名を成していた人物で、思慮深く知的な彼女がどういう経過でアンドレアス・バーダーのような尊敬に値しない男と党派を組んだのかは理解しかねる。

 何度か彼らの思想の核心に触れる台詞は出てくる。「親の世代はナチスが台頭したときに傍観していた」「無関心がナチスを生んだ」といった意味のことはRAFのメンバーの口から語られるし、彼ら彼女らは、ベトナム戦争で大勢の人々が殺されていく現状に無関心ではいられなかった。労働者が馘首される現状に我慢がならなかった。格差社会を許すことができなかった。しかし、彼らが目指した世界革命の実現に爆弾闘争が有効だったかどうかははなはだ疑問だ。第一世代のRAFは民間人の巻き添えを嫌った。しかし、ウルリケたちが獄にとらわれてからは、彼女たちの奪還闘争のために次の世代のメンバーたちは手段を選ばなくなる。闘争は過激の一途をたどり、権力の弾圧も熾烈を極めるようになる。獄中処遇の悪さによってウルリケは精神に失調をきたすようになり、公判でその旨を暴露・抗議している。西ドイツの警察国家化は一段と厳しさを増していく。左翼の過激化と警察の取り締まり強化は卵と鶏の関係のようになっていくのだが、取り締まる側の捜査局長の「彼らを生み出す状況を変えない限り、本当の解決にならない」という言葉が印象に残る。

 役者は豪華キャスト。特にブルーノ・ガンツには驚いた。捜査局長をガンツが演じていることに気づくまで暫く時間がかかったが、そうと気づいてからは何度見ても「ヒトラー最期の12日間」の総統に見えてしまって困った。

 

参考作品は「ミュンヘンhttp://ginyu.hatenablog.com/entries/2006/02/20

 映画の巻頭、イラン国王パフラヴィーへの抗議デモで、ベルリン・オペラ座の前でベンノ・オーネゾルグが殺害されるシーンがある。以下、原田達氏の「研究室no.203」より引用。

http://www.tcn.zaq.ne.jp/t_harada/profile/saik_149.html

  オーネゾルグは西ベルリンの大学生だった。きわめて普通の大学生だったかれの死は、しかしその後の西ドイツの学生運動に決定的な影響をもたらした。かれの死をきっかけにして、西ドイツの学生運動は急速に政治化し、急進化した。

1967年6月2日、西ベルリンはイラン国王のベルリン訪問に揺れていた。国王モハンマド・パフラヴィーは独裁政治をおこない、言論を弾圧し、政党活動を禁止し、政治活動家を拷問にかけていた。その国王がベルリンにオペラを観に来る、西ベルリンの学生たちはこのイラン国王に抗議の意志を表明しようとベルリン・オペラ座前に集まった。
 学生たちは国王に向かって卵、トマト、インクの入った袋を投げつけた。こうして、国王を警備するベルリン市警の機動隊と学生たちが衝突する。その衝突が激しくなった午後8時過ぎ、一発の銃声がひびく。そしてひとりの学生が頭を打ち抜かれて倒れた。それがベンノ・オーネゾルグだった。

 1990年12月15日、オーネゾルグの記念碑が、ビスマルク通りの北側、オペラ座のすぐ脇に建てられた。機動隊によって逆さ吊りにされたひとりの学生の彫刻、それは無力な者が暴力的に支配される姿をはっきりと浮き彫りにしている。

参考文献:A・シュタインガルト『ベルリン:<記憶の場所>を辿る旅』

 

 

DER BAADER MEINHOF KOMPLEX

150分、 ドイツ/フランス/チェコ、2008

監督: ウーリー・エデル、原作: シュテファン・アウスト、脚本: ベルント・アイヒンガー、音楽: ペーター・ヒンデルトゥール、フローリアン・テスロフ 

出演: マルティナ・ゲデック、モーリッツ・ブライブトロイ、ヨハンナ・ヴォカレク、ナディヤ・ウール、ヤン・ヨーゼフ・リーファース、ハンナー・ヘルツシュプルンク、ブルーノ・ガンツ