吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

罪の声

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 グリコ森永事件を基にしたフィクション。緊迫感に満ちて、なかなかよくできたサスペンスだ。これは原作がしっかり描けているからだろう。

 星野源は関西出身でもないのにかなり上手に関西弁を操っているし、小栗旬はいかにも人の良い文屋らしい演技で、先日見た「人間失格」での破滅型作家役とは打って変わった雰囲気に、さすがの役者のなりきりぶりに感動したものだ。

 ストーリー的にも見どころ満載だし、セリフも演出もよくできている。中之島やイギリスのロケでもたいそう良いアングルを狙ったカメラが秀逸で、総合的に見ごたえのある作品だ。

 グリコ森永事件の詳細はすでにわたし自身も忘れてしまっている。子どもの声の脅迫音源があったことも完全に失念していたが、この映画を見て思い出した。映画の中ではギンガ・萬堂事件と呼ばれ、「大日新聞」大阪本社文化部記者・阿久津英士がとっくに時効となったこの事件を今さらのように追いかける、というストーリーである。その子どもの声の主が星野源、役名曽根俊也である。既に35年が過ぎて公訴時効となったこの事件の「子どもの声の脅迫音源」を偶然見つけてしまった曽根俊也は、長らく消息不明になっている叔父の曽根達雄が事件にかかわっているという疑いをもって真実を追い求め始める。

 巻頭、俊也が父の遺品の中から自分の声を吹き込んだカセットテープを見つける場面から始まる。しばらくは俊也と阿久津記者は別々に事件を追っている。映画はこの二人の動きを並行して描いていき、やがて当然のように二人は交わり、共に事件を追うことになる。この過程がスリリングかつ説得力がある。

 物語のテーマは、脅迫文朗読に使われた複数の子どもたちは今どこでどうしているのか、彼らの人生はどのように展開したのかということである。大人たちの欲望と復讐心の犠牲となった子どもたちのその後、こそがこの映画が描きたかったことだ。その点では、涙なしには見られないドラマが展開する。これをお涙頂戴物語と思うかどうかは観客によるだろう。

 何人もの役者が非常にいい味を見せてくれるので、安心して見ていられる。過去の学生運動の場面だけがなんだか違和感があったが、小さな瑕疵に過ぎない。宇崎竜童は最近、全共闘世代の代表みたいな役が続いている。

 それにしてもあの事件は、この映画のように何人もの出自の異なる人間たちが起こしたことなのだとしたら、なぜ今までボロが出なかったのか、不思議だ。犯人たちの海外逃亡、死亡、といった条件が重なったと想像するしかなさそうだ。いつか真相は明かされるのだろうか。

 重いテーマの社会派作だが、見終わった後は一抹の清々しさも漂う。(レンタルBlu-ray)

2020
日本 Color 142分
監督:土井裕泰
原作:塩田武士
脚本:野木亜紀子
撮影:山本英夫
音楽:佐藤直紀
出演:小栗旬 阿久津英士
星野源 曽根俊也
松重豊 水島洋介
古舘寛治 鳥居雅夫
市川実日子 曽根亜美
火野正平 河村和信
宇崎竜童 曽根達雄
梶芽衣子 曽根真由美
宇野祥平 生島聡一郎
浅茅陽子
佐川満男
宮下順子
正司照枝