吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

宮廷画家ゴヤは見た

 波瀾万丈のスペイン近代史。スタッフとキャストが国際色豊かなのにも目を引かれる。

 拷問された囚人達が囚われている地下牢の様子はゴヤの絵そのままのおどろおどろしさだ。思わず大塚国際美術館の「ゴヤの部屋」を思い出して身震いした。


 教条主義者は、ひとたび「頭」を切り替えると、服を着替えるように教条を乗り換える。キリスト教原理主義者が自由平等博愛のリベラル原理主義者へ、そして帝国主義者へと移り変わる姿は時代の流れをそのまま映し出して天晴れですらある。転向を恥じないロレンゾ神父の姿こそがスペインの、そしてヨーロッパ近代の姿ではなかったか。

 ゴヤは本作では時代を描き写すジャーナリストの役目を負っている。彼が宮廷画家として見た権力の浮沈、ナポレオン軍の侵略、それらもろもろの時代の激変を猛烈な勢いで描き留めていった。さしずめ今なら報道カメラマンか。隠れユダヤ教徒ではないかとの疑いにより異端審問されてしまう少女イネスを、自らの絵のモデルとして深く愛したゴヤは、なんとか彼女を助けようとする。裕福な家庭のお嬢様だったイネスが拷問と長期の拘禁によって無惨な姿に変わり果てる描写のすさまじさには息をのむ。ナタリー・ポートマンの女優魂に頭が下がる思いだ。イネスを拷問しながら彼女に情欲を抱くロレンゾ神父をハビエル・バルデムが嫌らしく熱演。

 冒頭のつかみから最後まで、たるみのない脚本と演出によって、一気に惹きつけられる。大河ドラマにありがちな、表層をなぞっただけの描写になっていないところが素晴らしい。18世紀から19世紀にかけての激動のスペイン史であると同時に現代にも通じる心性を描いたところが優れている。権力へのこびへつらい、日和見主義、純愛、不条理、様々な思いが渦巻くラストシーンの切なさには息をのむ。狂ったイネスがどこか晴れ晴れとした表情でロレンゾ神父の手を握りながら馬車に引かれていく、その後ろ姿を見送るゴヤの背中に貼り付くものは何なのか…。絶望? 解放? (レンタルDVD)

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GOYA'S GHOSTS
114分、アメリカ/スペイン、2006
監督・脚本: ミロス・フォアマン、製作: ソウル・ゼインツ、製作総指揮: ポール・ゼインツ、共同脚本ジャン=クロード・カリエール、撮影: ハビエル・アギーレサロベ、音楽: ヴァルハン・バウアー
出演: ハビエル・バルデムナタリー・ポートマンステラン・スカルスガルドランディ・クエイド