吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ブログ再開、2009年のベスト10

 1年以上、ブログの更新を中断していましたが、このたび再開することにしました。中断の理由はあまりにも忙しくて精神的ゆとりがなかったためです。大阪府知事「橋下改革」による公的資金全廃によって、全収入の7割を失ったわたしの勤務先の財団法人は、民間の力だけで図書館運営を続けるために、この1年半、必死になって資金集めに奔走してきました*1。貧乏暇なしとはよく言ったもので、仕事の量は飛躍的に増えて収入は激減するというトホホな状態が続いています。休日返上で仕事を続けてきましたが、一つのプロジェクトがやっと終わりそうなので、少しは時間的ゆとりができます(たぶん。希望的観測)。


 さて、今頃という感はぬぐえませんが、いちおう去年のベストを発表します。2009年に見た映画は154本。うち57本を映画館でみました。2007年に247本見たのを最高に、この2年は減る一方です。なんとか今年はもう少したくさん見たいと願っています。映画だけが楽しみなのだから…


 以下、あくまでも極私的ベストなので、誰にでも参考になるわけではありません、為念。

1位  4ヶ月、3週と2日(DVD)
2位  グラン・トリノ
3位  扉をたたく人
4位 バンク・ジョブ(DVD)
5位  チェンジリング
   歩いても歩いても(DVD)
   明日、君がいない (DVD)
   正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官
   ゴーン・ベイビー・ゴーン(DVD)
10位  なつかしの庭(DVD)
11位 サマーウォーズ
   ベンジャミン・バトン
   パリ、恋人たちの2日間(DVD)

番外 戦場でワルツを

 
 ありゃー、ベスト10と言いながら14本も選んでしまいました。


 上記以外のお気に入りは以下の通り。ベスト10とお気に入りの作品についてはレビューを掲載します。その他の作品についても時間があれば書きますが、すべてについてコメントすることはしません。また、メモを復元しながらの掲載になりますので、現時点とは印象が変わってしまった作品もあり、あまり参考にならないかもしれません。

<2009年に見た全映画。DVD鑑賞を含む>
帰らない日々,縞模様のパジャマの少年,ディア・ドクター,007/慰めの報酬,12人の怒れる男,3時10分、決断のとき,4ヶ月、3週と2日,96時間,BAR(バール)に灯ともる頃,BOY A,JUNO/ジュノ,Mr.ブルックス 〜完璧なる殺人鬼〜,あぁ、結婚生活,アイス・ストーム,アウェイ・フロム・ハー 君を想う,あなたは私の婿になる,アバター,アメリカの森,いのちの食べかた,イングロリアス・バスターズ,ウォーリー,エレジー,オーストラリア,オータム・イン・ニューヨーク,かけひきは、恋のはじまり,きみがぼくを見つけた日,キャラメル,キング 罪の王,クヒオ大佐,グラン・トリノ,クレイドル・ウィル・ロック,ゲット スマート,ゴーン・ベイビー・ゴーン,ココ・アヴァン・シャネル,コッポラの胡蝶の夢,ザ・クリーナー 消された殺人,ザ・ダイバー,ザ・バンク 堕ちた巨像,サイドカーに犬,サガン -悲しみよ こんにちは-,サブウェイ・パニック,サブウェイ123 激突,サマーウォーズ,さまよう刃,さよなら。いつかわかること,しあわせのかおり,シークレット・サンシャイン,シリアの花嫁,スウィング・キッズ,スター・トレック,スペル,スラムドッグ$ミリオネア,セントアンナの奇跡,そして、私たちは愛に帰る,その土曜日、7時58分,ターミネーター4,ダイアナの選択,ダウト,タクシデルミア,チーム・バチスタの栄光,チェ 28歳の革命,チェ 39歳 別れの手紙,チェイサー,チェンジリング,ディファイアンス,デュプリシティ スパイは、スパイに嘘をつく,トロピック・サンダー,トワイライト〜初恋〜,なつかしの庭,ニライカナイからの手紙,ノウイング,バーン・アフター・リーディング,ハゲタカ,ハバナ,パブリック・エネミーズ,パリ、恋人たちの2日間,バンク・ジョブ,フィアレス,ブーリン家の姉妹,フェアリー・テール・シアター ロビン・ウィリアムズエリック・アイドルのカエルの王子さま C/W クラウス・キンスキーとスーザン・サランドン美女と野獣,ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない,フランドル,フリーダム・ライターズ,ブレス,フロスト×ニクソン,ベッドの中で,ベルサイユの子,ペルセポリス,ヘルボーイ,ベンジャミン・バトン,ボーダータウン 報道されない殺人者,ぼくの大切なともだち,ぼくの伯父さんの休暇,ホルテンさんのはじめての冒険,ホワイト・ライズ,マイティ・ハート/愛と絆,マドモワゼル 24時間の恋人,まなざしの長さをはかって,マン・オン・ワイヤー,ミルク,ムッソリーニとお茶を,モンパルナスの灯,やわらかい手,ユー・キャン・カウント・オン・ミー,ラスベガスをぶっつぶせ,リダクテッド 真実の価値,リトル・ランナー,リリィ、はちみつ色の秘密,レッドクリフ PartII ─未来への最終決戦─,レニ,レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで,ロゼッタ,ロックンローラ,ロルナの祈り,愛を読むひと,闇打つ心臓,永遠のこどもたち,英国王 給仕人に乾杯!,画家と庭師とカンパーニュ,崖の上のポニョ,休暇,幻影師アイゼンハイム,光州5・18,三池 終わらない炭鉱(やま)の物語,死刑執行人もまた死す,死線を越えて,私の中のあなた,実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち) ,重力ピエロ,消されたヘッドライン,真実の行方,人生に乾杯!,正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官 ,赤い風船/白い馬,接吻,戦火の奇跡〜ユダヤを救った男〜,戦場でワルツを,地獄の逃避行,中国の植物学者の娘たち,綴り字のシーズン,敵こそ、我が友 〜戦犯クラウス・バルビーの3つの人生〜,天使と悪魔,転々,灯台守の恋,悲しみが乾くまで,扉をたたく人,風の痛み,歩いても歩いても,未来を写した子どもたち,明日、君がいない,木靴の樹 ,路上のソリスト,剱岳 点の記,懺悔

*1:図書館廃止と再生問題についてはこちらを参考に。エル・ライブラリーのブログ。http://d.hatena.ne.jp/l-library/20080801

4ヶ月、3週と2日

 それでは、ブログ再開第1弾のレビューは、2009年マイ・ベスト1のこの作品から。


 2007年カンヌ映画祭パルムドール受賞も納得の傑作。

 1987年、社会主義政権崩壊直前のルーマニアで、非合法の中絶出術を受ける女子大生とその友人の一日を追った緊迫の物語。固定の長回しを多用した演出は、じりじりとした時間の経過をリアルタイムに表現し、主人公オティリアの苛立ちと怒りと放心をつぶさに追う。


 巻頭、何が映っているのか判明するまでにけっこう時間がかかった。大学の学生寮を写しているのだと分かるまでがなんだか退屈。分かったからといって、これから何が始まるのかよくわからない。よくわからないうちに、わたしたちはオティリアが遭遇する社会主義システムの冷酷さとそのシステムに浸かった人々の傲岸さにいつの間にか彼女とともに苛立ちと怒りを共有する。ホテルのフロント係に予約を確認したら、けんもほろろの態度であしらわれる。仕方なく他のホテルに予約を入れに行くが、ここでもフロント係の対応は傲慢そのもの。おまけに予想外の高額をふっかけられ、ふんだりけったりの気分をオティリアと共に観客も味わう。こんなひどい態度の客扱いは、アメリカのホテルのフロント係以上だ。アメリカのフロント係もたいてい客を客とも思わない無愛想さで参ったが、社会主義ルーマニアでのこの有様は噂に聞く中国の売り子にそっくり。

 
 恐怖の監視国家であった東ドイツとかつてのルーマニアがどの程度同じような警察システムを敷いていたのかは知らないが、最後にオティリアがあたりを伺うような視線をさまよわせるのは、いつもどこかで誰かに見られているという恐怖が深層心理に張り付いている人々の無意識の行動なのかもしれない。

 この映画に描かれた人々の不信や人間関係の冷たさ、無責任、人任せ、傲慢、怠慢は、社会主義がもたらしたものとだけは言えないだろう。わたしには「自由の国日本」でも同じようなことはいくらでもあると思える。だからこそ、この映画には、かつての社会主義体制への批判という以上の普遍性を見いだして震撼した。オティリアが若くして既に人間の冷酷さと利己主義に絶望しているであろうその様子には愕然としてしまう。なおかつ彼女にはどこか達観したかのような諦念が伺われる。このこと、彼女が愚かな人々の愚かさに気づいてしまった/しまえるだけの知性を持っていることが悲劇なのだと思う。

 
 しかし、問題はこの映画に登場する人々が決して悪人たちではないということだろう。中絶手術を受けようとする女子学生ガビツァも必死だし、モグリの堕胎医が半ば脅迫的に高額の報酬を要求するのもあながち彼が悪徳医者だからとも言えないだろう。彼には彼の家庭の事情がありそうだ。また、自分のことなのに人任せにしたりどこか上の空のようないい加減なガビツァにしても妊娠中で気分が悪いからなのかもしれない。それにガビツァも「悪いのはわたしです、友人(=オティリア)ではありません」と必死に堕胎医に食い下がるし、同情すべき点はいくつも挙げられる。しかし、それでもやはりこの人々の唾棄すべき醜さはどう? 最後までガビツァを妊娠させた男が登場しないのも意味深だ。男の名前すら映画には登場しない。まるでその存在が無き者のように扱われているのだ。最も責任が重い一人であるはずの男に何ら言及しないこの映画は、「責任の中心点は空洞である」という、「無責任」の実相を象徴的に描き出しているのだ。それはかつての社会主義官僚国家が持っていた本質を表象するものであろう。ホテルのフロントで何かあればいちいちIDカードの呈示を求められるのも、ただルーティンに従って淡々とこなされる事務手続きが官僚主義の発露であると同時にその無責任さや怠慢を底に抱えるものであることの表れなのだ。


 オティリアが恋人宅を訪問するという約束をどうにかこなしてやっとの思いでたどり着いたその家のパーティでは、客たちインテリエリートたちの傲慢な会話がオティリアをうんざりさせる。心ここにあらずのオティリアの表情を固定カメラは凝視し続ける。オティリアの悲しみや怒りは、恋人への辛辣な詰問へと変わる。それもまた恋人の責任を問うものである。その言葉を発することができるのは、オティリアが、一旦助けると決めた以上はどんな犠牲を払ってでも友人を助ける、責任感の強い女性であるからこそだ。彼女は逃げない。そして、妊娠という事態から女は逃げることができない。


 自己犠牲と責任感。この二つを兼ね備えた人間が一番割を食う。こんな社会こそが無責任社会なのだ。それは社会主義であろうが資本制システムであろうが、社会体制には関係がない。そのことが腹立たしい。(レンタルDVD)


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上映時間 113分、ルーマニア、監督/脚本: クリスティアン・ムンジウ
出演;アナマリア・マリンカ、ローラ・ヴァシリウ、ヴラド・イヴァノフ、