吟遊旅人のシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。写真は映画.comからリンク取得。感謝。㏋に掲載していた800本の映画評が現在閲覧できなくなっているので、少しずつこちらに転載中ですが全部終わるのは2025年ごろかも。旧ブログの500本弱も統合中ですがいつ終わるか見当つかず。本ブログの文章はクリエイティブ・コモンズ・ライセンス CC-BY-SA で公開します。

ニセ札

 村おこしのためのニセ札作り。前代未聞の仰天事件が朝鮮戦争の頃、日本の片田舎で起きた。村ぐるみでニセ札を作ってしまった実話を木村祐一が初監督。


 爽快感溢れる作品。時代の雰囲気を捉えるのも実にうまい。なぜ戦後生まれの木村祐一にそんなことができるのか? 不思議なくらいに小憎らしくも時代考証がしっかりしている。小学生のランニングシャツが伸びきって脇が大きく開いているところや、女の子の髪が寝癖で曲がっているなんて、実に芸が細かい。撮影もいい仕事をしている。これはチームがきちんと仕事をしたということがよくわかる作品だ。

ニセ札 [DVD]

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 実話を元にしているが、映画の舞台はどこかは判然としない。おそらくロケ地/架空の舞台は奈良か和歌山あたりの山奥と思われる。戦後間もない頃に起きた実際の事件は山梨県でのことだ。聖徳太子が印刷された千円札が発行されたばかりの時、これを好機ととらえた連中がニセ札作りを思い立つ。貧しい村の地場産業である製紙業を利用して、紙漉職人や写真屋などが集められ、リーダーは元軍人の地元の名士だった。彼らのうちの何人かは金目当てだったが、そうでもない人々もいて、その中の一人が小学校教頭の佐田かげ子(倍賞美津子、名演)だ。彼女は貧しい村の女性たちからニセ札作りの資金を集め、できあがったニセ札を配るのである。

 
 紙幣の偽造は罪が重い。それが国家権力への反逆であるからだ。紙幣の信用は国家の威信がかかっているのだから、それを根底から覆す輩には重罰が科せられる。この映画は、ニセ札作りが明確に国家への反逆であり、かつまた古い時代の価値観を引きずったまま戦後の民主主義に乗れない人間にとって自己実現の夢であることを描く。
 映画の巻頭、もんぺ姿の佐田かげ子が校庭で軍国主義を煽る教科書や貼り紙を呆然と燃やす場面が俯瞰される。なかなかの腕を感じさせるオープニングだ。


 登場人物のキャラクターの描き分けも秀逸で、倍賞美津子という芸達者な役者を中心に据えたことで軽いコメディでありながら作品が締まっている。民主主義とはなにか、国家とは何か。戦後まもない時代に、そのことを身を挺して訴えた佐田かげ子の言葉が重い。そしてなんだか楽しそうだ。


 「図書館映画」というジャンルがあるのだが、本作も立派な図書館映画。そのことが最後にわかる。(レンタルDVD)

94分、日本、2009
監督: 木村祐一、製作: 山上徹二郎、水上晴司、脚本: 向井康介、井土紀州、共同脚本: 木村祐一、撮影: 池内義浩、音楽: 藤原いくろう
出演: 倍賞美津子、青木崇高、板倉俊之、木村祐一西方凌、三浦誠己、宇梶剛士村上淳段田安則泉谷しげる