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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

偉大なるマルグリット

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 巻頭、美しいソプラノやメゾソプラノや二重唱の天使の歌声が聞こえてきてうっとりしていたら、突然マルグリットおばさんの超絶音痴な歌声が響いて目が覚める。

 いやもう、これは天才的な音痴です。どうやってこんな風に音が外せるのか知りたいわ(笑)。

 1920年のフランスで、大富豪の奥方が金に物を言わせて爵位を買ったという。彼女は男爵夫人の地位を得て、第1次世界大戦によって大量に生まれた孤児を助けるためのチャリティーコンサートを開く。社会事業のために熱心に寄付を募る彼女に周囲の金持ちたちはお義理で拍手をするが、その歌にはうんざりしていた。
 実は一番うんざりしていたのはマルグリットの夫なのだ。だから、マルグリットが邸宅で歌う時にはわざと遅刻するために自動車に乗り、「途中で車が故障したので帰宅時刻に間に合わなかった。修理したんだけどね」といって、油で汚れた手を見せる。

 音楽を愛するマルグリットは一日4時間も歌の練習をしているのに、驚異の音痴は治らない。それはそうでしょ、独学だから。その音楽への愛は片思いにすぎないという悲しさ。夫には愛人がいて、マルグリットには見向きもしないという寂しさ。マルグリットの写真をひたすら撮り続け奉仕する黒人執事の切なさ。マルグリットの声楽教師に雇われた歌手の狡猾さ。マルグリットの周囲に渦巻く人々の深くて暗い思いが混とんと混ざり合い、得も言われぬ不思議な空気を生み出している、濃ゆい映画だ。コメディなのか、シリアスドラマなのか、ゴシックホラーなのか、その独特の味付けに深い悲哀を感じる。

 マルグリットはなぜ歌ったのだろう。彼女は自己実現のためではなく、夫の愛に飢えて歌っていた。それは近代的自我に目覚めた女性の業(わざ)ではなく、愛する人に振り向いてもらいたい一心の、幼児のような求愛行動なのだ。フロイトラカンならなんというだろう。まだ口唇期の女性だと看破するだろうか。

 暗い室内の撮影に深い陰影ががあり、独特の雰囲気を醸し出していて、わたしはこの撮影と照明に魅せられた。
 この作品のもととなった実話を描いたアメリカ映画「マダム・フローレンス」をぜひ見比べてみたい。(レンタルDVD)

MARGUERITE
129分、フランス、2015
監督:グザヴィエ・ジャノリ、脚本:グザヴィエ・ジャノリ、 マルシアロマーノ、撮影:グリン・スピーカート、音楽:ロナン・マイヤール
出演:カトリーヌ・フロ、アンドレ・マルコン、ミシェル・フォー、クリスタ・テレ、ドゥニ・ムプンガ、シルヴァン・デュエード