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吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

エレニの帰郷

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 アンゲロプロス監督の遺作、ついに公開。相変わらずのアンゲロプロスぶり。いつものパン撮影、いつもの川、いつもの小舟、いつもの霧、いつもの群集、いつもの時制人物ぐちゃ混ぜ。アンゲロプロスの「型」そのままなので、彼の作品を見慣れていればさほどの苦労はないが、これがアンゲロプロス初体験ですという観客がいたらもうお手上げだろう。

 この映画は、エレニの帰郷を描きながら、エレニが帰郷できないという事実をあぶりだす。この映画のテーマは「帰郷 したい/できない」人々の悲劇を描くこと。と同時に、「越境を生きる21世紀への希望」を最後に差し出すこと。二十世紀3部作として企画された第3作を製作中に自動車事故で急死したアンゲロプロスの最後の作品がどのように未来に希望を残すものとなったのか、それが見られないことが残念でならない。ただ、本作でもその萌芽は見られる。これまで常に嘆きと悲しみと裏切りと暴力と死が描かれていたアンゲロプロスの史劇の作風に変化が見られるからだ。

 アンゲロプロス作にしては尺が短い。その分、描写に踏み込みが足りない点が多々あり、複雑なドラマ設定を置いたわりにはその複雑さが生きていない。ドラマがぐいぐい進まなくて歯がゆい。作り方は「ユリシーズの瞳」と同じだが、あのような詩情に乏しい。

 主人公はエレニという名の美しい女性。彼女は大学生のときにギリシャで反政府運動の咎によりテサロニキ収容所に容れられるが脱走し、難民としてソ連領内のギリシャ難民の町テミルタウにやってきた。1953年3月5日、スターリンの死を知らせる放送が町の広場に流れ、「インターナショナル」の楽曲が響き渡る中、エレニは収容所で離れ離れになってしまった恋人スピロスと何年ぶりかで再会する。つかの間の逢瀬は路面電車の車両内で。秘密警察に見つかった二人は再び引き離され、エレニユダヤ人難民のヤコブとともにシベリアに送られる。ヤコブはエレニがスピロスの子を宿し、彼を愛し続けていることを知りながら、それでもエレニを愛する。愛を求め合う二人の男と一人の女。ギリシャから始まる流浪の旅はテルミタウ、シベリア、アメリカへと時を繋いで壮大につづられていく。映画は二十世紀末の現代のローマから始まり、ベルリンで終わる。エレニの息子である映画監督Aが作ろうとしている、母エレニの物語は果たして完成するのか。

 上記は時系列に並べなおした粗筋だが、実際の映画は時制が複雑で、場所もどんどん飛ぶ上に、一人の役者がひとつのシーンの中で二人の人物を同時に演じるという複雑極まりないもの。演劇的な演出方法ともあいまって、見慣れていない観客には絶対にお奨めできない作品。とはいえ、実はアンゲロプロスの作品の中ではまだわかりやすいほうだと思う。

 ヤコブを演じたブルーノ・ガンツがとてもいい役どころを押さえて好感がもてる。スピロス役のミシェル・ピッコリは90歳ぐらいかと思うが、堂々たるものだ。イレーヌ・ジャコブが演じたエレニはいくつになっても美しい。彼女の時制はその髪の色でわかる。白髪が増えていれば老齢に。黒髪なら若年。ウィレム・デフォーは独特の個性を発揮する役者だが、今回はたいへん難しい役だったと思う。自分より若いイレーヌ・ジャコブを「お母さん」と呼んで抱きしめるシーンの違和感はぬぐえない。しかしそういった違和感もあえて演出の一部としているところがアンゲロプロスのいつもの手法だ。

 軍事独裁政権の弾圧、難民、スターリニズムベルリンの壁崩壊。二十世紀後半に起きた大きな政治の流れに翻弄される政治難民の姿を、50年におよぶ三角関係の恋愛物語として描いた切なさの果てに、ベルリンでの昇華が待っていた。年老いたエレニ、スピロス、ヤコブがベルリンの駅頭で踊るダンスの軽やかなこと。愛憎と愛執を越えて二人の男がそれぞれにエレニと踊る、楽しげに。

 エレニと名づけられたエレニの孫は、祖母エレニが歩んだ苦悩を引き継ぎながらも、新しい道を歩むだろう。もう二度と政治と暴力に苦しむ人のいない21世紀へと向かって。そんな21世紀にわたしたちはできるのだろうか。

TRILOGIA II: I SKONI TOU HRONOU

127分、ギリシャ/ドイツ/カナダ/ロシア、2008

監督・脚本: テオ・アンゲロプロス、製作: フィービー・エコノモプロス、撮影: アンドレアス・シナノス、音楽: エレニ・カラインドロウ

出演: ウィレム・デフォーブルーノ・ガンツイレーヌ・ジャコブ 、ミシェル・ピッコリ、クリスティアーネ・パウル