吟遊旅人ピピのシネマな日々

歌って踊れる図書館司書、エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の館長・谷合佳代子の個人ブログ。映画評はネタばれも含むのでご注意。映画のデータはallcinema から引用しました。感謝。

海炭市叙景

 クレジットされている協力者の名前の多さに驚く。それほど多くの函館市民がこの映画に協力した、市民ボランティアによって製作された映画なのだ。函館をモデルにした架空の「海炭市」に暮らす名もなき人々の悩み苦しみ生きづらさを描いた群像劇が、函館の人々の募金活動により製作資金を集めて上映される。映画作品には作品の外部にも感動の物語がいくつもあるのだ。


 最初のエピソードの途中で少し眠くなったが、いつの間にか映像の世界に引き込まれ、あとはスクリーンに目も心も奪われて、2時間半も上映時間があるというのに終わってみれば「え、もう終わり? もっと見ていたい」と思う。それほどまでに映画が放つリズムにわしづかみにされてしまった。

 巻頭まもなく、不況によって閉鎖される造船ドックの、寂しくも威風堂々とした眺めが、舐めるようなカメラによって映し出される。やがてリストラに反対する労働組合のストライキの様子が描かれ、馘首された若い兄妹のつつましい住まいが映り…。

 市役所から立ち退きを迫られても掘っ立て小屋のような家から頑として出て行かない老婆、夜の勤めに出かける妻をやるせなく見送るプラネタリウムの操作員、二代目社長を継いだ若きガス店主の苦悩と粗暴、営業がうまくいかない息子と、その息子に無視される路面電車の運転士。みながそれぞれに息が詰まるようなしんどさや情けなさ、苛立ちを抱えている。その描写が繊細で、少ない台詞が役者の演技を際立たせる。
 

 諦念と絶望が背中に張り付いた人々。うつろな目をしながら、それでもわたしたちは今日も明日も生きていかねばならない。彼らは、という主語がいつのまにか「私は」にすり替わる、そんな切実感にひしひしと追い詰められる映画。原作者がこの作品を絶筆として自ら命を絶ったことが悲しくも納得できてしまう。

 一見なんのつながりもない人々が最後に交差する瞬間、戦慄が走るほどの感動を覚えた。その一瞬、物語は時空を超える。こうして、この街の人々の人生は円環を描き、彼らの生は北国の雪の中に閉じ込められる。


 港を照らし出す美しい初日の出さえどこかうら寂しい、地味で地味で空の色も薄く暗い映画だが、これもまた働く人々の姿を描いて感動を与える作品。落ち着いたカメラワークが独特の間合いを生み、生きて呼吸する人々の吐く白い息がすぐそばに感じられるような映画だ。
 

 家の中の光の映り具合は絶妙。とにかく撮影が素晴らしい。劇場で見ないと良さが分からない映画だから、是非映画館に足を運んでほしい。

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152分, 日本, 2010
監督: 熊切和嘉、製作: 菅原和博ほか、原作: 佐藤泰志、脚本: 宇治田隆史、撮影: 近藤龍人、音楽: ジム・オルーク
出演: 谷村美月、竹原ピストル、加瀬亮、三浦誠己、山中崇南果歩小林薫あがた森魚